今回の衆議院選挙に関するアンケートを実施しています

報道部では今回の衆議院選挙に関するアンケートを行っております。
こちらからご回答いただきますようお願いいたします。10月21日まで行います。
なお、選挙後にもアンケートを行う予定ですので、併せてご協力よろしくお願いいたします。

平成29年度東北大学基金課外活動奨励賞受賞

東北大学学友会報道部は、平成29年度東北大学基金課外活動奨励賞を受賞いたしました。
今年度は20団体が受賞しております。
今後とも学友会報道部をよろしくお願いいたします。

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【連載・津波被災地を走る】④松島町~石巻市

11月上旬、クロスバイクを輪行バックに詰め込んで、松島海岸駅に降り立ちました。


 津波被災地を走る第4回は、松島町~石巻市の約30㎞を走ります。



 最高気温は16℃で、爽やかな小春日和。雲の切れ間からのぞく光がまぶしいです。
 今回はどのような出会いが待ち受けているのでしょうか。 




 松島海岸駅の一つ北に位置するのは「高城町駅」です。
 震災前まで仙台市から石巻市を繋いでいたJR仙石線は現在、この高城町駅で途切れています。



 津波による被害で、高城町駅から陸前小野駅までのおよそ10㎞が不通区間となってしまったためです。
 許可を得てプラットホームに入らせて頂きました。                 
 使用されていない前方の線路が草で覆われている様子が見てとれます。


 JR東日本の発表では、来年6月までに線路の復旧工事を終え、全線運転を再開するそうです。
 現在は、松島町から石巻市へ代行バスが走っています。
 代行バスに頼っては企画の趣旨に反する…というわけで、自分の足でペダルをこぎ、石巻市へ向け北上します。

 松島湾の沿岸北部に伸びる道路「奥松島パークライン」を走ること15分。
 道路の左手に、「松島四大観」と書かれた看板を発見しました。


 「松島四大観とは、松島湾の絶景が見られる四大スポットのことだよ」
 前回、七ヶ浜町で出会ったおじいさんの言葉を思い出しました。
 左1.4㎞先が「富山」という絶景スポットのようです。
 ちょっと寄り道。先に待つ景観に思いを馳せながら、山を登ることにします。


 途中から階段が続くので、自転車では進めません。
 頂上にたどり着くまでに登った階段は、なんと272段!
 雄大な眺望を拝むことは、そうたやすくないようです…

 こちらが「富山」からの眺めです。


 曇っていたのは残念でしたが、多数の島々が織りなす景色は壮観です。
 後から調べて分かったことですが、明治天皇も訪れた格式高い地なんだとか…
 東西南北どの方向から見ても、やはり松島湾は美しいですね!

・東松島市

 再びクロスバイクにまたがった筆者は、東松島市に入りました。


 東松島市は松島町と石巻市に挟まれた人口約2万人の街です。
 市内を流れる鳴瀬川の東西には、平坦な海岸が続いています。

 写真は市の西部の野蒜(のびる)地区。
 水路を挟んで海岸側には、津波で洗われた大地が広がっています。


 国土地理院の調査によると、津波に際して東松島市の住宅街・市街地の3分の2が浸水したといいます。
 名産品である牡蠣の養殖施設も甚大な被害を受けました。

 野蒜地区に一軒の食堂がたたずんでいました。


「かき小屋」と書かれた大きな青い看板が目印の「海鮮堂」です。


 11時の開店と同時に入店。
 お店の方に聞くと、地元のカキ養殖会社が営業しているのだそうです。
 震災の2カ月前にオープンするも、津波で被災。
 建物のほとんどが流されてしまったそうですが、2012年の4月から営業を再開したとのことです。


 焼がき(1000円)をお願いすると、店員さんが今朝とったばかりの新鮮なかきを手早く鉄板に並べてくれました。
 ふたをかぶせて焼きあがるのを待ちます。
 光が差し込む空間に磯の香りが立ち込めはじめ、期待に心が躍ります。

 


 待つこと5分。ふたを持ち上げると、湯気に包まれたかきが姿を現しました。


 


 調味料無添加。海の塩味だけでいただきます。
 大ぶりのみの中には旨味がギュッと詰まっていて、まさに「海のミルク」と呼ぶにふさわしい逸品!
 8個をぺろりと完食しました。
 ここでしか味わえない至高の焼がきに出会うことができました。


 海鮮堂を出ると、雨がパラパラと降り始めました。
 しかし、万事塞翁が馬です。


 国道45号線に合流する辺りで鮮やかな虹を確認!!
 それも、かすかに二重になっていることがわかるでしょうか。


 市の中心部の矢本地区に差しかかると、道路脇にブルーインパルスのモニュメントを見つけることができます。


 そう、東松島市には航空自衛隊の基地があるのです。
 東北大学新聞では、昨年の秋に東松島基地を訪問。
 震災から現在に至るまでの復興の歩みを取材しました。

 以下のURLから当時の記事を閲覧することができます(写真は未掲載)。

http://ton-press.blogspot.jp/2013/12/blog-post_25.html(航空自衛隊・松島基地を訪ねて)
http://ton-press.blogspot.jp/2013/12/blog-post_1139.html(震災を乗り越え、再び松島の空へ)
http://ton-press.blogspot.jp/2013/12/blog-post_6858.html(特別インタビュー ブルーインパルスパイロット・日高明さん)

・石巻市


 本日の終点、宮城県第二の都市である石巻市に入りました。


 JR石巻駅前にあるこちらの建物は市役所です。


 閉店した百貨店の空きビルを利用しているそうで、市役所らしからぬ明るい外見が特徴的ですね。
 え、問題はそこじゃない?なぜ市役所前に仮面ライダーが立っているかですって…?

 お答えしましょう。
 それは、石巻市が仮面ライダーの生みの親、石ノ森章太郎さんの第二の故郷だからです。
 現在の登米市で生まれ育った石ノ森さんは、少年時代に自転車で石巻市の映画館へ通い詰めていたといいます。
 そこで石巻市は、石ノ森さんに「マンガで町おこしができないか」と要請。
 平成7年に、マンガの特性を活かした夢のある街づくりを進める「石巻マンガランド基本構想」が策定されました。

 駅から伸びる商店街は、通称「マンガロード」。
 石ノ森さんが世に送り出したキャラクターが、あちこちで出迎えてくれます。

 



あれは、サイボーグ009の島村ジョー!!











あれは、ロボコン!!



 







あれは…、何でしたっけ?





 その数、実に19体!!皆さんはどれだけお分かりになるでしょうか。

 震災では、このマンガロードにも津波が流れ込んできたといいます。

 商店街の一角にある中華料理店の壁に、津波の高さを表すラインがひかれていました。



 236㎝。車もゆうに流されてしまう高さです。

 「壁に描かれている絵は、中国人のボランティアが書いてくれたものなんだよ」。
 そう教えて下さったのは、中華料理店の向かいで自転車屋を営む田中英夫さん。


 宮城県の自転車・軽自動車商業協同組合で理事長を務めているお方です。
 「この店にも天井まで津波が来てね。私は高台へ避難したから助かったんだ」と目を細める田中さん。
 私たちの横の細い道を、大型トラックが通り過ぎていきます。
 「道は整備されてきれいになったはいいけど、大雨が降ると地盤沈下の影響で店の前に大きな水たまりができるんだ。まだまだ、中心部の工事も時間がかかりそうだ」


 「でもね、街が新しく生まれ変わるというのは、うれしいことなんだよ」
 田中さんは笑顔を見せてくれました。
 「すぐそこの坂を上がっていくと、日和山公園がある。街を一望できるから、行ってみるといい」
 貴重なお話をお聞かせ頂きました。ありがとうございました。
 
 マンガロードの終着点にあるのが「石ノ森萬画館」です。


 2001年の開館から、マンガ文化および日本文化の発信拠点としての役割を担ってきました。
 震災では高さ5メートルもの津波を受け被災。休館に追い込まれました。
 それでも懸命な復旧作業で、昨年3月に完全な再開館を遂げます。

 東北大学新聞では、今年の夏に石ノ森萬画館を取材しました。
詳細は以下のURLからご覧ください。
http://ton-press.blogspot.jp/2014/11/blog-post_27.html(石ノ森萬画館を訪ねて)

 小腹がすいたので、仮設商店街の一角にある食堂「石巻 うまいもん屋」に立ち寄ります。
 海鮮系のメニューが並ぶ中、選択したのは石巻のB級グルメ「石巻焼きそば(650円)」です。


 生の状態から茶色いという特徴的な麺の上に、半熟の目玉焼きが鎮座。
 カツオの出汁が効いた優しい醤油味、これこそが石巻スタイルなんだとか。
 皆さんも石巻市を訪れることがあれば、市内の飲食店がこぞって提供しているこの名物焼きそばを味わってみて下さい!

・日和山公園


 田中さんが教えて下さった日和山公園に向かいました。
 日和山は高さ60mほど。         
 自転車を押しながら急峻な坂道を10分ほど歩くと、程なく山頂に到着しました。


 ここ日和山公園にはサクラやツツジの木が植えられており、春、夏は咲き乱れる花々で彩られるのだそうです。
 石巻市の街並みを一望することができました。
 海側を望みます。震災前の写真との対比ができるようになっていました。


 かつて住宅が密集していたエリアには、茶色い草木と仮設の建物が数件残るのみ。
 津波は街を飲み込んだのです。


 「街が、目の前で消えたんだ」
 津波を間近で見ていた方から、こんな言葉を聞いたことがあります。
 あの日、ここ日和山に避難し、眼下の惨状を目の当たりにした人々は何を思ったのか―。

 自分はただ、そこに立ちすくむことしかできませんでした。

 次回は石巻市から南三陸町を走ります。

 (文責:立田)



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