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【ネタ記事】おかげさまで10万ビュー!⇒感謝の意を込め10万メートル走りました!

 1110日の午後7時頃東北大学新聞のホームページ閲覧数が10万を突破した。日頃ホームページを閲覧し、応援して下さっている読者の方々に対する感謝の気持ちは、筆舌に尽くしがたい。

 そしてあるとき、筆者は考えた。「言葉で表せないのなら行動で表せばいいのではないか」。こうして、今回の企画「10m自転車で走ってみた」の開催が決定した。自転車に乗って、10m(100km)を走ることで、読者の方々への感謝の気持ちを表そうという趣旨である。目的地は山形県。関山峠を越え、仙台から50km地点を目指す。

 出発地点は本学サークル棟。某日午前7時、愛車のママチャリに乗り、部員に見送られながら出発。序盤は順調に進むが、出発から30km地点の辺りから完全に山道となり、急な坂道が続いた。インドア派の筆者には体力が残っておらず、自転車を押して進む。さらに追い打ちのように雨が降り、体を冷やす。出発から4時間。既に体も心もボロボロだった。 

 重い体と自転車を引きずり、全く景色の変わらない山道を登り続けていると、関山トンネルにたどり着いた。およそ1kmある長いトンネルで、車道は片側一車線、歩道はない。トンネルに反響する車の轟音に怯えながら、持てる力を振り絞って駆け抜けた。

 県境の長いトンネルを抜けると山形であった。目の前には長い下り坂が続いていた。とうとう峠を越えたのだ。自転車に乗って勢いよく峠を下っていく。いつの間にか雨も止み、雲の切れ間から日差しが差し込むその様子は、筆者の晴れやかな心情を表しているようだった。

 長く続く下り坂を進み続けること1時間弱。出発から5時間30分走り続け、ついに仙台から50キロ地点に到達した。喜びで雄叫びを上げ、仙台へ引き返そうか、そう考えたとき、突然ある考えが頭をよぎった。「この程度で読者の方々に感謝の気持ちが伝わるのだろうか」。今思えば頭がおかしいとしか言い様がない。次なる目的地を山形駅に設定し、再び自転車に乗った。

 地図上では近いと思った山形駅。しかし50キロ走ったことで足は思うように動かず、結局山形駅に到着したのは2時45分。2時間以上もかかってしまった。「もう電車で帰ってもよくない?」。弱気になる筆者。

 山形風芋煮で腹ごしらえを済ませ、3時30分に山形駅を出発した。平坦な市街地は気合で突破した。しかし行きでは天国だった坂道が、帰りでは地獄となり、さらには山から吹き付ける強い風が筆者を阻む。

 進めども進めども山道。街灯はまばらで、光の届かない完全な暗闇となっている区間も少なくなかった。暗かった。寒かった。怖かった。逃げ出したかった。けれども、前を向いても闇、後ろを向いても闇。自分にできるのは前に進むことだけだった。

 山形駅から5時間かけ、再び県境の長いトンネルを抜けると仙台であった。目の前には長い坂道……ではなく暗闇。街灯は皆無、自転車の小さなライトだけが頼りだった。数m先も見えない道を、ノンストップで走り抜ける。「ここが自分の死に場所かもしれない」。そう考えながら、恐怖を振り切るかのように暗闇の中を走った。

 無我夢中で走り続け、気が付くと峠を下り終えていた。その後のことはあまり覚えていない。もう頭は真っ白で、前に進むこと以外何も考えていなかった。午後1130分、ついに本学サークル棟に到着。所要時間16時間30分、走行距離約140kmの長旅が、ここに終わりを迎えた。誰もいない部室にたどり着いた筆者は「無事生還しました」と書置きを残し、自宅で泥のように眠りについた……。



 以上が筆者の壮絶な旅の記録である。この旅によって読者の方々に感謝の気持ちが伝わったのなら幸いだ。

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