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【働くこととは】⑯―宮城教育大学准教授 松﨑丈さん

 第16回となる特集「働くこととは」。今回は宮城教育大学で聴覚障害を持ちながら准教授として教鞭をとる松﨑丈さんに話を伺った。




―現在の仕事内容について

 特別支援教育教員養成の仕事をしており、聴覚障害児への教育支援を教えています。聴覚障害といっても、ろう、難聴、ろう重複障害など一人ひとりの実態は異なるので、その実態を適切に把握し、各々に合った教育的対応を考えられるような実践も教えます。

―自らの障害について

 妊娠中に風疹感染したため、生まれつき重度の聴覚障害でした。聴覚障害そのものに対しては特に違和感がありませんでした。ただ、障害を障害者とそうでない人の相互作用で起きる「障壁」と考えると、まだまだ障害について理解されていないと感じています。見た目は障害のない人と変わらないので、聴こえないことによる心理的な問題が想像されにくいのです。例えば、会話での孤立体験が重なって対人関係が苦手になる事が挙げられます。私自身も小さい時から家庭や学校でいつもコミュニケーションから疎外され、心の傷を負う経験を重ねてきました。私たち当事者から、もっと聴覚障害について発信していく必要があると思いますね。教員養成大学の教員になったのも、障害のある子どもの想いに寄り添ってしっかり関われる教員が増えればという思いからです。

―学生生活について

 特別支援教育を学ぶために、宮城教育大学に入学しました。しかし当時は障害学生を受け入れる体制は無く、支援を要請しても大学側から断られました。それで学部4年間は講義以外に研究室を訪ねたり、講義のノートを借りて書き写したりしていました。しかしそれは障害のない学生が講義で把握できる情報と比べれば非常に微々たるもので、我慢して学ばざるを得ないものでした。

 このままではいけないと思い、きちんと通訳をつけて学べる教育環境を作ろうと考えました。まずは問題意識を共有する仲間が必要と考え、学内で2年次に手話サークル、3年次に教育問題研究会を作りました。そうして仲間が増えてきたところで、大学院修士課程に進学してすぐに学生有志で通訳をする団体、情報保障の会を作りました。通訳は先生の話をできる限りそのままノートテイクしてくれるので、私にとってはそれが人生で初めて授業の内容が分かる経験になり、非常に感動しました。障害のない学生は小さい時からこうして学ぶことの楽しさや奥深さを体験していたのだなと思いました。その意味では私にとっての学生時代は、教育機関から教育を受ける権利を保障してもらえない中で、仲間と主に教育環境を変えていこうと奮戦した時期だったと思います。

―働くこととは

 長年の疎外体験から私は人と安心してつながることができませんでした。今も自分は、自分も含め人とどうやったらつながれるのだろうかと考え続けています。「教育」は、自分と相手とのつながりのありようを根源的に問う実践の学です。ですから私にとって働くこととは、そのつながり方と自分のありようをいつも問うものだと思います。そう問いながら障害の有無に関係なく共生できる社会の実現を目指して仕事をしています。働くことで自分のありようを発見できるのなら非常にありがたいと思います。

―東北大生にメッセージ

 5年前から東北大学で非常勤講師をしています。東北大生は、人との関わりに関心が高く、好奇心と柔軟性に溢れていると思います。私が障害者だからといって気を遣わない。私の話を真っ向面から受けとめて考えたり質問したりする学生が多いことにいつも感心しています。だからこそ学問や活動などで自分の思考や認識が自己中心的にならず、障害のある人や外国人などあらゆる人や世界に関心を持ち続けて、自分ができることは何かを自問しながら学生のうちにできることを思う存分取り組んでほしいと思います。


 この記事は松崎先生がパソコンに打ち込んだ内容を引用しています。
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