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【働くこととは】⑱―ラーメン二郎仙台店店長 原田有紀さん

 第18回目となった「働くこととは」。今回は多くの東北大生に愛されるラーメン二郎仙台店の店長、原田有紀さんに話を伺った。




―なぜこのお仕事を

 学生時代のころによく二郎へ通っていたのがきっかけです。私がよく行っていた八王子野猿街道店は当時夜6時間だけしか営業しておらず、「1日に6時間しか働かなくていいなら楽に違いない」と単純に思っていました。実際はそんなことはなく、準備の時間があるので1日十数時間は拘束されることになったのですが……。

 また、元々大学院に進学して公害についての研究をしたかったのですが、4年生で入った研究室がつまらなく諦めました。働くなら自営業かラーメン屋さんかなと考えていたのも理由の一つですね。

―お店を出すまでの苦労は

 ラーメン二郎には、支店で働きながら、支店の親方に許可をもらった後、三田本店でさらに修業をして、最終的に自分で店を出せるようになるという流れがあります。本店での修行の許可を出されたとき、本店の親方に「大学出てすぐここで働こうなんて甘い。300万用意して来い」と言われたので、サラリーマンとして働きながら土日は小金井店でバイトする生活を送りました。

 2年半後、お金を用意して本店に行き、修行の許可を得ました。そこから3年の修行を経て、仙台に開店をしました。修行は厳しかったですが、本店で修行させてもらえたのはうれしかったし、仲間と働くのは楽しかったですね。

 これは裏話ですが、「300万用意しろ」というのは、親方が自分を追い払うために言った方便だったようで、本当にお金を用意してきたから、それじゃあ働かせてやろう、という風になったそうです。

―仙台に開店したきっかけは

 元々4歳まで仙台に住んでいましたし、通っていた高校は山形の米沢にありました。東京は人や車でゴミゴミしていたので、東北に帰って仙台のような住みやすい街に出店したいなという思いがありました。ただ、なかなか踏ん切りがつきませんでした。そこで、私はバスケットボールが好きなので、仙台にある明成高校がバスケの全国大会で優勝したら仙台に出店すると決めました。すると実際に明成高校は優勝。晴れて仙台に出店することになりました。

―店長として気にかけていることは

 「もう少し食べられたなあ」と思われるのは嫌ですね。仕事や部活帰りに寄ってもらって、お腹一杯になって「明日の仕事がんばろう」と思ってもらえるのが一番嬉しいです。

―東北大生の印象は

 真面目な人が多いと思っていましたが、意外と変わった人間が多いですね。東北大生のことは結構好きです。

―原田さんにとって働くこととは

 人生の大半ですかね。仕事であるからには、何事もしっかりとやらなければいけないと思っています。お客さんがラーメンを食べて元気になって、「また来ます」と言ってくれるのはうれしいですし。ただ、無理をしてはいけないとも考えています。今はお客さんがたくさん来てくれていて良い感じなので、この調子で頑張りすぎないようにやっていければなと思っています。
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