報道部部室が一時移転中です

川内サークル部室棟(新サ棟)の内装工事に伴い、報道部部室が
【川内・サークル部室棟Ⅱ 410号室】
に一時的に移転しています。
アクセス方法などの詳細はこちらをご覧ください。
他団体の配置などはこちら

祝・七大戦連覇!448号(次号)で特集します

東北大学が今年の七大戦も制覇、2年連続14度目の総合優勝を飾りました!
14度目の総合優勝は、京大に並び最多タイです。
参加団体の皆様おめでとうございます。
次号の東北大学新聞では七大戦優勝を取り上げます。発行は10月23日です。
合わせて、北海道胆振東部地震に被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。

今年度の課外活動奨励賞を受賞!

報道部は、今年度の東北大学基金課外活動奨励賞を受賞いたしました。今回は27団体が受賞しました。
報道部の受賞はこれで3年連続になります。ありがとうございます!
学内外の皆様に読んでいただける記事、新聞をこれからも発行し続けて参ります。

読み込み中

【復興の今】イチエフの座標、フクシマの道標 前編 ~福島第一原発に向かう~

 東日本大震災から7年。日常の営みを洗い去り絶望の波が押し寄せた東北は、新たな未来を作り出そうとしている。だが、東日本大震災は現在進行形の災害だといえる。その表象といえる出来事が、東京電力福島第一原子力発電所事故だろう。筆者は、河北新報社福島総局のご協力の下、報道部の部員として初めて福島第一原発(イチエフ)の構内に入ることができた。小紙で毎年この時期に連載する「復興の今」。今年は「イチエフの座標、フクシマの道標」と題し、福島第一原発視察のルポルタージュをお届けする。




 2月22日。筆者を含めた本学の学生3人は、河北新報社の記者とともに福島県へ向かった。筆者が同県に入るのは、2016年4月以来約1年10カ月ぶり。その時は、福島第一原発から10キロほど離れた富岡町やその南隣の楢葉町を訪れた。当時は富岡町が全町避難を余儀なくされており、荒れた家々をネズミが闊歩する「ゴーストタウン」と化していた。

 その間に帰宅困難区域を除いたエリアで避難指示が解除された。立ち入れる地域は片付けが進み、人々の営みもそこにはある。だからこそ、前回来た時より数も増えたであろう、低濃度の汚染土が詰まった「フレコンバッグ」の存在感が増しているように感じた。イチエフの中は一体――

 ほどなくして富岡町の東電旧エネルギー館に着いた。ここが原発視察の出発点だ。東電の職員からの説明を受け、手配されたバスに乗り込んだ。敷地内の広間では、重機が表土をえぐっていた。のぼりには「除染作業中」の文字。すぐ近くには災害公営住宅が立ち並ぶ。日常と放射線が背中を合わせる風景だった。

 バスは、沿道に簡素なバリケードが張り巡らされた帰宅困難区域を走り、福島第一原発のある大熊町へ入った。国道6号線から福島第一原発につながる一本道に入っても、原発の姿は森に隠れている。本当にこの先に「事故現場」はあるのだろうか。役立たぬ「学童に注意」の看板を車窓から見ながら、その先の風景に思いを巡らせた。

 一気に視界が開けるや否や、福島第一原発の入退域管理施設が見えた。張り詰めた空気の中で入域手続きを終え、案内されたのは大型休憩所。構内の視察を前に昼食をとった。

 福島第一原発構内に食堂ができたのは15年4月。法律上構内では簡単な調理しかできないため、町内に設置した給食センターから送られる料理が味わえる。1日1800食売れる料理の食材も福島県産にこだわる。

 人気なのが毎日2種類用意される日替わり定食だ。筆者が頼んだのはA定食。福島県産のご飯を主食に、おかずにはレバー料理と山菜のお浸しの2品だった。今もなお風評被害の影響を受けている福島県の農産品だが、食べてみると「福島以外」とおいしさは遜色ないことが分かる。値段も学食より安く、学食以上の満足感があった。

 食事の後、施設内を見渡した。食堂の隣の部屋には大手コンビニエンスストアのローソンがある。トイレも清掃が行き届いている。大型休憩所の一帯は、どこかの施設かなと見まがうほど環境が整えられていた。「事故現場」の姿はもはやなかった。

 管理棟近くの放射線量は毎時1・1㍃シーベルト。同じ大熊町でも、帰宅困難区域では毎時2・5㍃シーベルトであることを考えると、廃炉作業のための除染が進んでいた。どちらも健康被害を与えるほどの高い数値ではないが、帰宅困難区域の数値では、年間20ミリシーベルトを超え、世界平均の10倍となる被ばく量だ。原発にいる方が被ばくしない場所もある。この矛盾を受け入れるのには時間がかかった。

 職員から説明を受け、いよいよ原発構内に入る。視察の前に、入構に必要な装備を身につける。とはいっても、防護服にガスマスクといったまがまがしいものではない。普段着の上にベスト、ヘルメット、ゴーグル、軍手、靴下、防塵マスク、線量計。この装備で原子炉建屋内部以外はほとんど立ち入れるが、市販されるもので十分対応できそうなものばかりだ。こんな軽装で構内に足を踏み入れられることに驚きつつ、バスは惨禍を生んだ原子炉に向かい動き出した。

(この連載は3号続けて掲載。次号では1号機から4号機を中心に構内の様子をお届けする)
復興の今 2069477615570783988

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