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【書評】『街の灯』 北村薫 文春文庫

 男女共同参画社会という言葉が当たり前のものになって久しい。男女平等への社会の理解は徐々に進んでおり、表立って「男の仕事」、「女の仕事」などと決めつけられる職業は今では少なくなっている。




 しかし、過去にはそのような職業もあった。運転手もその一つ、昭和時代中期までの日本では運転席は「男の聖域」だった。ではそんな時代に女性の運転手がいたのなら? 今回紹介する「街の灯」はそんな物語だ。

 本書の舞台は昭和初期の帝都・東京だ。主人公の英子は士族出身の名家である花村家の令嬢。上流階級の娘たちの集まる女学校に通う世間知らずの14歳だ。

 自由な家風のもとでのびのびと暮らしている英子。年頃の彼女のお付きの運転手として、父親が新しく連れてきた女性。それが本書のもう一人の主人公、別宮みつ子だ。

 文学に深い造形を持ち、当時女性の読み物としてはふさわしくないとされていた江戸川乱歩を愛読する彼女を、英子は「ベッキーさん」と呼んで慕うようになる。そして2人の会話の興味は、新聞で報じられる殺人事件の犯人捜しに向かっていき……。

 英子の語る、当時の上流階級のモダンな生活の描写は細やかで美しい。そしてそこで起こる事件を彼女とベッキーさんが解決していく様子は痛快だ。

 しかし本書の本当の魅力はやはりベッキーさんの人間像にある。女性の身で運転手をやっていることに対する周囲からの奇異の視線も意に介さず、刀を向けられても臆することのない度胸を持っている。ひとたび本書を読めば、彼女の漂わせる謎めいた雰囲気のとりこになってしまうことだろう。

 身の回りで起きる事件を解決していく中で、英子たちは時に自分たちの力では解決できない問題に直面する。それは家柄や貧富の差であり、性別による差別であり、軍国化へと向かう時代の流れだ。

 そんな問題に対して、悩みながらも立ち向かっていく英子と、彼女を見守り時に導くベッキーさん。大きな流れを前にしても、流されることなく真っ直ぐに立ち続ける2人の姿は、我々に社会を生き抜くための心構えを教えてくれている。社会に踏み出す大学生たちに是非手に取ってもらいたい1冊だ。
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