【ネット限定】盛岡市先人記念館 功績生み出す風土
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「(盛岡には)勉強できる風土があったのかもしれない」と語るのは、盛岡市先人記念館で主任学芸員を務める中村さん。豊かな自然の中に位置するこの記念館は、明治期以降に活躍した盛岡にゆかりを持つ先人の功績をたたえ伝えていくための施設だ。来年で設立40年を迎えるこの記念館は、新渡戸稲造・米内光政・金田一京助の3名の記念室をはじめ、計130名もの先人たちの功績が紹介されている。
それらの人物たちの功績は実に多様なものだ。政治や外交の功労者や、教育の振興を目指した人、芸術や文化に生きた人など、盛岡に縁のある人々は多岐にわたる活躍をしている。多様な先人が盛岡の地で生まれた背景について、中村さんは二つの考えを聞かせてくれた。
まず大きい理由は、戊辰戦争で敗北した経験だ。この戦争において、盛岡藩は旧幕府勢力として参加し敗北を喫した。その際に感じた苦しさや悔しさが、盛岡の人々に活力を与えた。総理大臣を務め平民宰相と呼ばれた盛岡藩出身の原敬は、戊辰戦争殉難者五十年祭において盛岡藩が「賊軍」とされた歴史にふれ、決別となる祭文を読み上げた。
また、盛岡に伝わる風土も先人たちを生み出す理由になっていると語ってくれた。先人たちのエピソードの中には、若い人に教育を施し、勉強をさせることに尽力した人が多くいる。
記念室で展示されている言語学者の金田一京助は、実業家であった伯父の勝定の資金援助を受け、北海道への調査へと赴いた。国際連盟の事務次長を務め日本と国際社会をつなぐ架け橋となった新渡戸稲造も日本では教育者として知られ、授業料無料、男女・年齢不問の夜学校を設立した。盛岡に築かれていた若い人を支え育てる環境は、先人の功績を生み出す足がかりになったのだろう。
記念館は、展示解説会やワークショップをはじめとして小中学生など若い世代に興味をもってもらうための取り組みも多く行っている。県外、県内を問わずさまざまな人に盛岡の先人を知ってほしいと語る中村さん。先人に思いをはせ学ぶ文化は今も盛岡の地で脈々と受け継がれている。