【教授インタビュー】映画、一人旅で人生経験を 国際文化研究科 勝山稔教授
本学の教員にインタビューし、これまでの研究や学生時代、社会観にまで迫る本企画。2回目の今回取材に応じてくれたのは、本学大学院国際文化研究科の勝山稔教授だ。勝山教授は中国文学や中国史学を専門とし、両分野を結び付けた学際的な研究を行っている。その傍ら、全学教育では「芸術」の授業を担当し、映画の奥深さを学生に伝えている。勝山教授の人生を彩ってきたものは何だったのか。ユーモアも交えて語ってくれた。 (聞き手は平山遼)
かつやま・みのる
本学大学院国際文化研究科教授。専門分野は中国文学、中国史学。北海道出身。59歳。1998年、同研究科に助教授として赴任。2017年から現職。(写真は本人提供)
―教授が行っている学際的な研究とは
中国の通俗小説(大衆小説)に含まれる歴史的な記述を拾い集め「当時の当たり前」を明らかにするのが私の研究です。もともと文学研究の対象だった通俗小説には、当時の中国の人々の雑多で身近な話が多く描かれています。これは歴史研究にも有用なのですが、正式な記録には残らないため、これまで見落とされてきました。
―「当時の当たり前」とはどんなものがあるのか
例えば、中国では、1200年も前の宋の時代から、マッチング・アプリのようなことが行われていました。もちろん当時はアプリなんてありませんが、街中のおばあちゃんたちがマッチングを仲立ちしていたのです。女性の就ける仕事が限られている中でも、彼女らは持ち前の情報収集力で結婚紹介業に従事していました。
―なぜ中国文学の道に進もうと考えたのか
もともと文学には興味がありましたが、その中から中国文学を選んだのは浪人時代の経験が大きかったです。私が通っていた札幌の予備校には、予備校としては珍しく、立派な体育館がありました。しかも在学中、札幌でバレーボールの世界大会が開かれ、予備校の体育館が中国チームの練習場になったのです。練習を見学に行ったとき、選手たちの中国語を聞き、とても美しい音だと思いました。それがきっかけで、中国の学問をやりたいと考えたのです。選手から手を振られ、舞い上がってしまったということもありますが。
―中国文学の魅力は
やはり、一番の魅力にはスケールの大きさが挙げられます。加えて、白黒をはっきりさせる傾向がある西洋文学と比べ、中国文学は「言い切らず、読む人の考える余地を残しておく」傾向があるのが面白いですね。
―教授おすすめの中国文学作品は
私の研究分野とは異なりますが、屈原の「楚辞」です。正しいことを見いだした人が、大多数の愚かな人に間違っていると指摘され、最終的に悲劇を迎えてしまう。その嘆きが面白いと感じます。
〈中国文学について丁寧に語る勝山教授。その穏やかな語り口からは、中国文学への愛が伝わってくる。しかし、中国文学が専門の勝山教授が、どのような経緯で芸術、それも映画を教えることになったのだろうか〉
もともと全学教育では中国文学の講義を担当していたのですが、ある時芸術の講義が新設されることになり、私が担当に手を挙げました。もともと絵を描くのは好きで、高校生の頃は学者かイラストレーターになりたいと考えていたのです。
―どうして学者になろうと決めたのか
大学入試の前、三者面談で、胸に秘めていた美大への憧れを打ち明けたところ、進路指導の先生や親は仰天して、面談が延期になってしまいました。再面談の際に、進路指導の先生から「一番好きなものは趣味にする、二番目に好きなものを仕事にする。それが幸せな人生を生きる術だ」と諭されて、それなら学者になろうと素直に考えました。でも、後からネットで検索しても、先生の言葉はヒットしません。先生が私を無難な道に戻すために考え抜いて作った方便だったのだと思います。絵を描くことは、教員になった今も趣味として続けています。それが講義に生きたわけですから、まさに「昔取ったきねづか」ですね。
―現在、芸術の講義では映画を扱っているが、なぜ絵画でなく映画なのか
映像なら誰でも理解を深められると考えたからです。加えて、受験期でしばらく映画を観ていない新入生の皆さんに、映画を通して人間を取り戻してほしいということもあります。私自身もそうだったのですが、砂をかむような受験勉強の日々はつまらないものでした。そこで、大学進学後は映画を見るようになったのです。映画は短い時間で鑑賞でき、人生の経験にもつながるものですから、大切だと思います。
〈ここで、勝山教授の学生時代についても尋ねた。勝山教授の出身地は、北海道の幕別町だ〉
中学時代は成績が良かったので、帯広の進学校に進みました。ところが、その進学校ではクラスで最下位の成績。これは笑い事ではなく、本当にきつかったのです。クラスに逃げ場がないわけですから。一時は不登校にもなりかけました。ただ、国語、数学などの勉強は嫌いでしたが、自由研究が好きだったので、学者に向いていると当時から思っていました。自己弁護しておくと、最終的には成績もクラスで5位まで上がりました。
―その後大学の中国文学科に入学。どんな大学生だったか
「アメリカ横断ウルトラクイズ」に出場したり、たくさん旅行したりしました。旅行は意味のあることです。一番印象に残っている旅行先は、大学1年生の夏に訪れた山口県の津和野と萩ですね。北海道とは違う日本の風土を感じることができました。私の担当している芸術の授業では、月に一度しか出席を取りませんが、それはさぼってもいいから自分に得るものを見つけてほしいという考えからです。
―大学生活を振り返って、して良かったこと、できなくて後悔していることはあるか
やりたいことはし尽くしたので、後悔はありませんね。大学生のうちに旅行、特に一人旅をしてほしいと思います。
―なぜ一人旅を
グループで旅行に行くと、旅行中もグループの雰囲気が保たれてしまいます。しかし一人旅では変わらないのは自分だけで、周囲が全て変わります。場の雰囲気に染まらなければいけません。一人旅の中で、人生の生き方も分かってくるのではないでしょうか。
また一人であれば、現地の人も受け入れてくれます。昔、広島を訪れた時、バス停の場所が分からず、通りすがりの方に聞きました。まだ時間があるからと家に上げてくれたその方は、なんと被爆者で、原爆で子供を全員亡くしたという経験を話してくれたのです。一人旅を通して、そんな貴重な経験もできました。
モラトリアムの4年間のうちに、例えばかばかしいことであってもいろいろなことに挑戦してほしいです。やらないで後悔するより、やって後悔した方が良いものですよ。
