【寄稿】河北新報への掲載に際して、本学OBより
本紙『東北大学新聞』4月号が紙齢500号を迎えたこと を受け、6月 27 日付の河北新報朝刊に弊部が取り上げられました。 河北新報朝刊(6月27日付)に掲載された記事 これを受けて本学OBの西川正吉さんから寄稿文をいただきましたので、掲載いたします。 「東北大学新...
本紙『東北大学新聞』4月号が紙齢500号を迎えたこと を受け、6月 27 日付の河北新報朝刊に弊部が取り上げられました。 河北新報朝刊(6月27日付)に掲載された記事 これを受けて本学OBの西川正吉さんから寄稿文をいただきましたので、掲載いたします。 「東北大学新...
現代を生きる我々はスマートフォンといった電子機器に依存する傾向がある。そこで、小紙500号を記念して500時間デジタルデトックスを行った。と書きたかったが、500時間つまり20日間は記事が締め切りに間に合わなくなるため50時間のデジタルデトックスを行った。500時間を期待してい...
■13年前の学生の夢 本学学生400人の夢を調査した、2012年10月号の400号記念特集「東北大400人の夢」を振り返る。 「七大戦優勝」「インカレで東北大がいい結果が出ますように」「ラクロスで東北地区でてっぺんとる」など部活動に関する夢が多い。部活動を懸命に取り組む当時の...
大島で一泊した後、我々はヘリコプターで目的の島である、三宅島に向かった。本土に暮らす我々にとって非日常的な体験であるヘリコプターだが、島の住民にとっては頼もしい交通手段。伊豆諸島を結ぶ生命線であり、なくてはならないものだ。 前編は こちら 約2200人が暮らす三宅島の面積は、...
東北大学新聞が500号を迎えた。大きな節目を迎えて編集長という立場にいるが、特別なことを成し遂げたとは全く思っていない。大勢の人の力でここまで発行を継続することができたのだ。部の活動を支えてくれた多くの方々、発行を続けてきた幾多の先輩方、そしてこの新聞を読む皆様方がいたおかげで...
我々が発行している東北大学新聞は4月号で第500号となる。これを祝し、これまでの歴代編集長からの東北大学新聞が記念すべき500号を迎えることへと東北大学新聞の読者へのコメントを掲載する。 【第56期中田哲哉さん】 500号の発行おめでとうございます。1966年の創刊から現在まで...
日本で最初の学生新聞は、1917年5月に発刊した慶応義塾大学の『三田新聞』である。続いて東京帝国大学(現在の東京大学)、日本大学、早稲田大学、明治大学、大谷大学、東京商科大学(現在の一橋大学)、京都帝国大学と大正の間に七つの学生新聞が発刊した。当時は大正デモクラシーの中、新聞そ...
■戦前:政府の圧力下で誕生 本学の学生新聞の歴史は、本学が東北帝国大学だった1928年に『東北帝大法文時報』が誕生して始まった。 当時は政府による学生の思想取り締まりが強化されており、本学も例外ではなかった。その状況下で現在の法学部、文学部、経済学部の前身である法文学部の学友...
小紙『東北大学新聞』は本号をもって500号となる。それを記念し、東京都伊豆諸島の御蔵島へ取材に向かうこととなった。御蔵島は弊部部室である川内サークル部室棟320号室から南南西にちょうど500キロメートルの距離に位置する島である。筆者と同伴の記者Sの2人で取材に向かった。 本特...
本紙が紙齢500号を迎えた。だが本学の学生新聞の歴史は本紙だけにとどまるわけではない。戦前に生まれた『東北帝大法文時報』『東北帝国大学新聞』、そして一時期併存していた二つの『東北大学新聞』の歴史を振り返る。 (渡辺湘悟) =概要は 1面 = 戦前期 二紙創刊 数年で...
私たち東北大学学友会報道部は、学内最大の大学公認メディアとして活動している。『東北大学新聞』を制作し、一年間で8回の通常号と3回の特別号を発行している。記事の企画立案や取材交渉、広告依頼、取材、記事執筆、原稿添削、紙面編集、入稿まで一から全て学生だけで行っている。 現在、報道...
500円で人はどこまで楽しめるのだろうか。今や身の回りには娯楽があふれ、お金をかけてもかけなくても思い思いに「楽しむ」ことができる。その一方で頻繁に痛感させられるのは、「何をするにもお金がかかる」ということだ。たったの500円。されど500円。「一円を笑うものは一円に泣く」とは...