【研究成果】野菜の色 分子の「歪み」が関係 鈴木龍樹助教らが発表
「柔らかい」分子構造 制御と評価が課題
本学多元物質科学研究所の鈴木龍樹助教らの研究グループは1月21日、成熟した果実や野菜の色合いに、色素分子の「歪み」が関係していると発表した。植物の進化における色素分子の選択過程の解明や、新たな色素分子の設計などへの応用が期待される。
色素分子による固体の色合いは、分子構造と分子配列の二つの要素によって決まる。鈴木助教らはこのうち、分子構造に着目し、色合いの変化との関係を調べた。果実や野菜の鮮やかな色合いは有機色素の一種であるカロテノイドが由来だが、従来カロテノイドによる色調変化は分子配列の観点からの説明しかされていなかった。
カロテノイドと他の有機色素の化学構造を図に示す。多くの有機色素は、芳香族と呼ばれるグループに属する。芳香族には平面的な構造を保とうとする傾向が強いという特徴がある。そのため、化学的に安定している。これに対して、カロテノイドはポリエンと呼ばれるグループに属し、多数の結合が鎖状に連なった構造を持つ。平面性を保つ力が弱く、外部の環境から容易に影響を受ける。同じ名前の色素分子でも複数種類の構造をとる場合が存在する。
このような分子の構造を、鈴木助教は「『柔らかい』分子構造」と呼ぶ。この「柔らかさ」によって分子が歪んだ状態をとると、同じ色素でも色合いが変化する。ニンジンに多く含まれるカロテノイドのβ‐カロテンは、歪んでいないときは赤く発色するが、歪んでいると黄色に発色する。
果実や野菜が成熟し色づく過程には、細胞内に蓄積されている色素分子が関係している。トマトの色が緑から黄、オレンジ、そして赤と変わるのも、カロテノイド微粒子の成長が大きな要因だ。受粉のための動物へのアピールや光合成における光の吸収など、さまざまな場面で植物の生存戦略となっている色素分子。植物が進化の過程でカロテノイドを色素分子として選択した理由にも、分子の歪みが関係している可能性は高い。今後、植物体内に存在するカロテノイド微粒子について、詳細な検証が行われる。
長い時間をかけて進化してきた生物の構造や機能を観察し、模倣して産業に生かす技術はバイオミメティクスと呼ばれる。この考え方に基づき、植物の色素分子の構造を分析することで、色合いの変化を人為的に発生させることが次なる狙いだ。開発が進めば、人工の色素分子を設計するときに光の反射、吸収、透過を自由に決定したり、色素分子以外の分子にも、「歪み」の考え方を持ち込んだりといった応用への可能性もある。鈴木助教は「工学応用へつながることも期待して開発を進める」としている。
カロテノイドは、ハムや清涼飲料水などの食品用色素として多用されている。理想の発色には分子の精密な制御が必要だが、これまで色調変化のメカニズムが分かっておらず、制御が困難だった。今回の研究で仕組みが一部解明されたことによって、求める発色の実現により近づくことになる。
鈴木助教は分子の柔らかさの制御について、「まだまだチャレンジングな課題」と話す。「今後は柔らかさの制御に加え、柔らかさの客観的な評価方法の確立にも挑戦したい」と意欲的な姿勢を見せた。