冨永悌二総長インタビュー
冨永悌二・第23代総長の就任から半年が経つ。本学は新体制の下、国際卓越研究大学の正式な認定に向けて歩を進め、最終段階に入った。就任後の取り組みや今後訪れる学内の変化、そして改革を裏付ける本学の理念について冨永総長に聞いた。(聞き手は小平柊一朗)
とみなが・ていじ 本学医学部卒。医学系研究科教授、東北大学病院長、理事・副学長(共創戦略・復興新生担当)などを経て、今年4月から本学第23代総長。専門は脳血管系障害の外科治療、脳神経外科学一般。1957年生、福島県出身。 |
―ご就任から半年になります
この半年間は今までにない経験で、緊張感のある仕事をしてきました。私が総長に就任した4月時点では、東北大は国際卓越研究大学の唯一の認定候補として、審査の途中にありました。前総長の大野先生方が練り上げてこられた計画を引き継ぐのが何よりの役目だと思っていましたから、非常に重責を感じました。
5月にアドバイザリーボード(有識者会議)のヒアリングを受け、6月に文部科学省から、東北大が国際卓越研究大学として認定の水準を満たし得るとの発表があり、一段落しました。
―最終的な認定まで、今後必要なことは
正式な手続きは今月以降に順次行われます。我々は国立大学法人法の下で大学を運営しているので、今までにない枠組みである国際卓越研究大学としてやっていくには、その法が改正されないといけません。改正国立大学法人法の施行が今月1日。それから大学の重要事項を議決するための運営方針会議を立ち上げるなど、さまざまな会議の手続きを踏んでいく必要があります。最終的に認定が決まるのは、早くても来月になるのではないかと思います。
―国際卓越研究大学は、研究力を高めるための枠組みでした。その道筋は
研究力を上げるために国から助成を受けて、体制を整備していきます。現在、実際に動き始めるための準備を進めています。一つは新しく卓越した人材を集めること。もう一つは、現在東北大に在籍する現場の教員の皆さんが、モチベーションを持って研究力を上げていくための環境づくりです。
―助成金の使途は、主に人材に対した投資になるということですか
優秀な研究者と、その環境を良くするために研究をサポートする人材の両方を確保しなければなりません。現在いる教員の処遇と研究環境も改善していきます。「国際卓越人事トラック」という新しいマネジメント体制を立ち上げますが、ここにPI(独立研究者)として入り、研究を思う存分やっていただく。そして将来的には、研究者が増えた分の研究スペースも押さえ、研究環境の充実を図ります。
教員が研究に割ける時間は短いということもご承知の通りです。直近の独自調査で、その割合は34・5%です。それ以外は教育業務、ペーパーワーク、会議などに時間が割かれていることが分かっています。ここ20年で10%ほど下がってしまいました。これを25年後には50%まで引き上げ、研究時間をより長く確保できるようにしていきます。
例えばリサーチアドミニストレーター(URA)には、論文の指標を調べるなど、研究について広くマネジメントをしていただいています。研究をサポートするために必要な人材は、事務職員や技術者など各部局によって方向が異なりますから、よく調整して、足りない人材を確保していきます。要するに、研究環境が必ずしも満足していない部分を総合的に補っていくということです。
―将来的には大学として規模が大きくなるのですか
そうなります。実は現状として、東北大は旧7帝大の中では小規模です。学生数は6番目。教職員数は5番目。財務規模も5番目。例えば東京大と比べると、学生数で1万人、教職員数で2千人近く、うちは少ない。東北大は必ずしも規模が大きい大学ではありませんが、だからこそ学内の意思疎通がしやすいという利点があります。
―「聞く、伝える」ことについては、学内の広報番組でもお話しされていました。今、力を入れていることは
現在、私と理事、副学長の数名で各部局を訪問し、今後の研究力強化に向けた人事戦略について意見交換を行っています。本部側の大まかな方針は既にお伝えして、全学的な会議でも承認いただきました。ここからはそれぞれの部局の状況を伺いながら、これらの人事戦略を実行する必要があります。我々としてはできるだけ研究力が上がるように手助けしたい。そのためにはどうしたらいいか、と一緒に取り組んでいます。
―研究力をどう測るか。一つの指標として、「トップ10%論文」が用いられています
ある分野で発表された論文について、被引用数の上位10%に入ったものを示す指標です。これが本当に研究力を反映しているかということに関しては、議論があるでしょう。例えばデータを取得したタイミングによっても、統計を取った会社によっても結果が違うことがあります。本質的には文系のように、元からそういった趣旨では測れない分野もあります。それから現在、トップ10%論文の世界1位は中国ですが、その6割は自国内からの引用になっています。一方で、アメリカや日本ではそれぞれ2割、1割と、特徴は異なります。
しかしそうは言っても、国際的に通用する指標、あるいは国から求められている指標はトップ10%論文です。我々は25年で本数を9倍、割合で2・5倍にする目標を計画で掲げたので、達成するために頑張っていくということです。
―東北大の理念に「実学尊重」があります。具体的には
現代ではやはり、社会イノベーションを生み出すということだと思います。歴史的には本多光太郎先生が「産業は学問の道場なり」という言葉を残したように、研究成果を産業と結び付け、さまざまな社会的価値を生み出してきた伝統があります。
ここで改めて、その理念をどう解釈するか、我々がこれからやっていく実学とは何か、を問わなくてはいけません。大学の中で閉じていれば、あるいは論文を書いただけならばそれは知的価値創造です。その価値を、自分たちの満足だけではなく、社会へ開いて、社会的な価値創造にまで高めていくべきと考えます。そのためには、どうしても産業界との共創も必要になります。「実学尊重」はその基盤にある考えでしょう。これが我々に求められている価値であり、使命だと思います。そして東北大の揺るぎない伝統だと思っています。
―人文社会系についてはどう捉えていますか
人文社会系の学問がなければ、人類がこれほど発展することはなかったでしょうし、若い人の教育もできません。理工系だけが社会を作っているわけではないということは、大学人であればすぐに分かります。人文社会系はトップ10%論文の指標にはなじまないとか、産業界との共創によって研究資金を得ることは難しいといったことは、確かに分野の特徴としてあります。しかしだからこそ、大学として得た収益を、研究資金が必要なところに循環させていくということが、まさに大学の役割だと思います。お金を稼げるかどうかという視点だけで分野を区別して論じるのは、適切ではないと考えます。
―東北大が大学改革を先導する、とのフレーズが計画中にありました。東北大が国立大学のロールモデルとなることと、日本が国全体で研究力を向上させることとはどう結びつくのですか
最も重要なのは、東北大が国から何を求められているか。研究力の向上はもちろんですが、本質はそのための「システム改革」にあります。具体的な見方として、研究現場のシステムで言えば、従来の講座制を尊重しつつも、独立した環境において自由な発想で研究ができるよう、場を整える必要があるのではないか。加えて大学自体のガバナンスも改革することで、国際化やDXが一層進むものと考えます。今回の計画では、教育の改革については求められていませんでしたが、研究大学にふさわしい教育も必要だということで、改革案に組み込みました。
―日本の研究力が低下したことと関連して、2004年に国立大学が法人化されたことがしばしば話題になります
国立大学は自分たちの望むように自由に経営しようとしても、状況はあまり変わりませんでした。法人化で自由度が上がったとされますが、我々の実感からすると体制としての自由度は上がっていません。その中で、自分たちでお金を稼げと言われ、運営費交付金が減額されてきた。これがボディーブローのように国立大学の研究力に影響したのではないかという認識はあります。
―東北大生に期待されることをお聞かせください
一例として教育面に関しては、留学生を増やし、国際共修環境を充実させ、国際化を一層推進させていきます。キャンパスにいるだけで外国人と日常的に関わりを持てる環境を整備します。学生の皆さんには、語学の習得はさることながら、このような環境を存分に味わい、そして自ら考え行動してほしい。大学は、多様な人々が切磋琢磨する、学生の皆さんの努力に応え、それを後押しします。そうした環境で自己成長を図ってほしいと考えています。