【夏休み読書特集】宵山万華鏡 森見登美彦著
宵山(よいやま)を知っているだろうか。宵山とは、毎年7月に行われる日本三大祭りの一つである祇園祭の、3日前から前日までの総称である。本祭とは異なる幻想的で不思議な一日。そんな宵山に起きる数々の奇妙な事件を描いたのが、森見登美彦の短編集『宵山万華鏡』である。本書は六つの物語で構成されており、様々な立場や性格の主人公たちが宵山での不思議な出来事に巻き込まれていく。
「宵山金魚」では、〝宵山法度違反〟を犯してしまった主人公が、謎の〝宵山様〟の御前まで連行されていく。その道中には、巨大な羽子板を持った舞妓、金色の招き猫を握りつぶす大坊主など個性豊かなキャラクターや、金魚が封じられた硝子玉や孫太郎虫というヘビトンボの幼虫など、宵山を彩る摩訶不思議なものが続々と登場する。
「宵山迷路」では、主人公が、宵山の一日から抜け出せなくなってしまう。徐々に明らかになっていく、繰り返しの原因や、父の死の真実はやがて、宵山の大きな秘密へとつながってゆく。
それぞれの物語は笑える話からホラーまで、現実から幻想まで色とりどりである。だが、物語全体は少しずつ重なっており、読み進めるたびにそれまでの人物や物語への印象が変化する、万華鏡のような短編集である。
本書も、著者の作風に漏れず独特な世界観が特徴であるが、京都の祇園祭という非日常の異世界が、物語により現実味を与えている。特に「宵山万華鏡」の終盤の描写は豪快かつ精密で、奇妙な宵山の夜が目に浮かぶ。短編のいくつかは、ハッピーエンドではないが、明るく楽しい祭りでの、ほろ苦い終わり方が素敵だと感じた。
本書を読めば歴史や背景は分からずとも、それらのもつ妖艶な魅力に心惹かれるだろう。祇園祭本祭よりも宵山の方が行きたくなる本である。
全編合わせて255ページしかないが、読了時には読者自身も森見ワールドの宵山に迷い込んでしまうだろう。