【夏休み読書特集】夜行 森見登美彦著
森見登美彦の小説『夜行』では尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡、鞍馬を舞台とした、登場人物たちの不可思議な体験が描かれる。
主人公の大橋は大学時代の友人である中井、武田、藤村、田辺と集まり、10年ぶりに鞍馬の火祭を見物しに行く。祭りの前、大橋は、10年前の鞍馬の火祭で失踪してしまった友人・長谷川に酷似している女性を追いかけ、とある画廊に立ち寄る。画廊に彼女の姿はなかったが、そこで見つけたのは岸田という銅版画作家による、全国各地の風景を題材とした48個の作品からなる連作「夜行」。大橋は「夜行」の不思議な魅力に引きつけられ、滞在する宿に着くと、友人たちに作品との出会いを話した。すると友人たちは、自身の旅先を題材とした「夜行」と出会い、奇妙な体験をしてきたと語る。突然姿を消した妻を追って尾道を訪れた中井。職場の知人たちと奥飛騨へ旅行した武田。夫とその友人とともに夜行列車で津軽へ向かった藤村。電車で乗り合わせた女子高生と僧侶と一緒に天竜峡を渡った田辺。そして鞍馬で彼らの物語は交わることとなる。
本書は全体を通して幻想的かつホラーな雰囲気で物語が進む。各章において明瞭な解決が描かれることはないため、読了後、読者は夜の世界における闇と登場人物がもたらす気味の悪さに襲われることだろう。
日本三大火祭および京都三大奇祭に数えられる鞍馬の火祭は由岐神社(京都府京都市)の例祭だ。毎年10月22日に開催され、たいまつを持った若者や鎧武者、みこしなどが練り歩く。この風景を想像すると、作品中で描かれる非日常へつながるような異界の扉が開いてしまうことにも納得だ。
多くの祭事で祈られることの一つに、日常生活を安寧に送ることがあるだろう。「夜行」の世界は理解不能ゆえに恐怖を感じさせるが、その先には朝日が照らす日常があるかもしれない。非日常の経験は、ときに日常を好転させる原動力となるものだ。夜があるから朝がある。そんな当たり前を感じさせてくれる非日常が、本書には詰まっている。