【特集・大学に通うとは】大学教育の投資効果を検証 人生の「豊かさ」にもつながる見方示す
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大学に通う意味はどこにあるのか。教育にかかる費用がかさむ一方、それは必然的に問われることである。本特集では、大学に通う意味を経済的投資効果とウェルビーイングへの影響から個人レベルで評価し、さらに他の先進国と比較することによって日本の高等教育のあり方を探る。
大学教育は人生に豊かさをもたらすか。本学教育学研究科の島一則教授に取材し、大学教育のさまざまな効果を評価する。(スティーブン・リュウ)
大学とお金
■教育投資には多くの時間と資本を要する
18歳で大学に入学し、22歳で卒業するとして、大学教育に投資することになると考えられる資本は、この4年間で発生する授業料などの直接費用と、進学せず就職した場合に得られたと仮定する「放棄所得」、言い換えれば間接費用とに大別される。これらを計算すると、直接費用は国立大学で243万円、私立大学で390万円発生する。しかし、国立でも私立でも直接費用より間接費用が高く、男子の場合1045万円、女子の場合923万円の試算となる。大学進学にかかる総費用を計算するとき、間接費用を含めて考えれば、授業料などの免除は全体の5分の1程度しか軽減していないことになる。したがって、支援制度によって経済的負担が大幅に抑えられているとは認められない。大学教育に投資してから、賃金が増えて十分なリターンが得られるまでには時間がかかる。よって、経済的投資の観点から見たとき、大学に通うということは、投資できるだけの「資本金」を持った世帯に有利であることを意味する。
■リターンは「偏差値」によって変わる
収益率は、卒業後に得られる生涯所得と、高卒で就職する場合の23歳以降の生涯所得との差額から、大学進学にかかる総費用を差し引いて計算する。
全国において、大学教育投資の平均利益率は約7%である。旧7帝大の収益率は8.9%で最も高く、偏差値50程度の地方私立大学は6.5%、偏差値45未満の地方私立大学は4.0%である。
就職先によって収益率も異なる。最も高いのは大手金融業に就職する場合であり、旧7帝大、標準的な地方大、偏差値45未満の地方私立大いずれでも11%を超える。大手情報通信産業に就職した場合の収益率も比較的高い。対して、宿泊・飲食業およびサービス業の収益率は低い。就職先によって、収益率がマイナス、つまり投資が失敗している場合は、偏差値50以下の大学に相対的に多く見られる。
■女性のキャリアパタ―ンによる違い
女性が結婚や出産で就労を中断し、再就職する場合、収益率は一定程度低下するものの、依然として高い。正社員として再就職する場合は約7%、アルバイト・派遣など非正規雇用の場合は約3%になる。就労を中断せず継続する場合では、約8.3%である。
一方、退職すると収益率は赤字が大きい。ただし、共に大卒の夫婦を一つの単位として計算すると、収益率は5%ほどある。つまり、大学に通ってもすぐに結婚退職などをすると経済的価値が生じないが、大卒同士で結婚した場合には、進学が意味を持つといえる。
大学に通うことを投資として考えると、貯金よりはるかに有利な収益率が期待できるだろう。収益率を平均の7%で計算すると、10年間の複利計算で投資した金額は倍になる。これほど好条件な投資機会はそう多くはない。偏差値が比較的低い大学でも、投資効率の観点からも大事な機能を果たしているといえる。
大学とウェルビーイング
大学教育は投資効果以外に、健康や幸福の向上にもつながる。
「健康(幸福)生成力(Sense of Coherence: SOC)」は、「把握可能感」、「処理可能感」、「有意義感」から構成される。ストレスのかかる状況に置かれたり出会ったりしたとき、この状況をいかに理解できるか、対応できるか、それらに対してやりがいを感じられるかを意味する。島教授らが成人男性を対象に年齢、教育、留年・浪人経験、収入、仕事、婚姻などで健康(幸福)生成力を分析した結果、大卒者のほうが平均値より大きくなっていることが分かった。また、単なる大学教育だけでなく、「論理的に文章を書く力」、「人に分かりやすく話す力」、「幅広い知識、ものの見方」などを身に付けたかという、大学教育の質を表す指標が、人生の健康や幸福と緊密な関係を持っている。その一方、留年や浪人の経験は負の影響を与え得る。
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大学に通うことには、そこで知識や技能を身に付け、好条件な雇用機会に恵まれたとき、実用的価値が認められる。その他、健康や幸福につながる健康(幸福)生成力を高める効果もあるだろう。この二つの論点から、大学教育が人生に豊かさをもたらしている根拠は十分にあると島教授は語る。