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【書評】『ハツカネズミと人間』 スタインベック 新潮文庫

 この小説を読み始めると、まず美しい風景描写が目に入る。それは著者の愛した、アメリカ・サリーナスの自然である。陽光を反射しきらめく川の流れ、緑に芽吹くヤナギやスズカケの木、夕方になり辺りから顔を出す動物たちの群れ。このような描写から物語の幕が開ける。




 主人公はジョージとレニーの2人組。お互いカリフォルニアの農場労働者だ。ジョージは頭の回転が速く小柄な一方、レニーは大柄で愚鈍。レニーは小動物を好むが、力の加減が分からず、ハツカネズミを握りしめては殺してしまう。レニーにジョージは何だかんだと文句を言うものの、放っておけずいつも一緒にいる。そんな二人が仕事を求め、新たな農場に出向く。

 この2人を取り囲むように登場する面々は皆個性的だ。ジョージやレニーとの掛け合いは活き活きとして、小気味いい。そして味わい深いエピソードが随所にある。たとえばラバ使いの名人スリムが、ジョージとレニーを見て語ること。「仲間と組んで歩く者はそう多くない。たぶん、この世の中の者が、みんな互いに人を怖がっているんだろう。」本作は発表されてから実に80年経つが、色褪せることのない台詞だろう。

 また中盤での老掃除夫キャンディにまつわる話も捨てがたい。この掃除夫は、老いさらばえた牧羊犬を手放すことができずにいる。仲間内から殺せと言われても首を横に振り続けていたが、最後には説得に負け、殺してしまう。その際のキャンディの描写は、心情にまつわるものが一切無いながらも、胸に訴えるものがある。

 ジョージとレニーには度々語る夢がある。それは、共同で農場を持つというものだ。誰もが無理だと断言するが、2人は決して諦めない。果たしてこの夢は叶うのだろうか。

 分量にして150ページほどの中編小説であるが、この小説の中にはたくさんのメッセージが込められている。会話も多く、訳文も読みやすい。この夏、隙間時間の読書に如何だろうか。
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