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【ネタ記事】川内北キャンパスから青葉山キャンパスまで"愚理子"やってみた ~846歩のマーチ~


 6月某日、私達はこれから来たるべき戦いのために結集した。目的は只一つ、「愚理子」で川内キャンパスから青葉山キャンパスまでを踏破するためである。「愚理子」とは、いわゆるグリコという遊びを一種の儀式まで昇華させたものである。グリコという遊びは、ジャンケンをして、グーで勝ったら「グリコ」と言って3歩、チョキで勝ったら「チョコレート」、パーで勝ったら「パイナップル」と言って六歩進めるといった、昔懐かしい遊びだ。「愚理子」は読んで字の如く、愚かな理由に命を捧げる子らという意味である。ただの道を特に意味もなくグリコで競い合って進むことで、今まで何の問題もなく歩けていたありがたみを知ることができるというものである。




 その日は雲一つない青空、絶好の愚理子日和である。この戦いのために集まってもらった勇士は3人。愚理子に必要なジャンケンは2人で行うものとし、1人には後世の歴史家に評価してもらうために戦いの記録を付けてもらうこととした。相手の出した手が肉眼で確認できない場合は、携帯電話を用いて口頭でジャンケンを行った。スタート地点は川内キャンパス前のバス停を、ゴール地点は青葉山キャンパスの前の通りとした。

 こうして愚理子は始まった。最初こそ私が劣勢だったものの、一度抜かした後は怒涛の連勝を繰り広げ、相手との距離の差は圧倒的となった。この時点で私は勝利を確信していた。

 ところが、戦いの行方は思いもよらない方向から狂わされることとなる。その原因は、太陽光の威力と己の体力不足だ。その日の天気は前述したとおり快晴である。太陽の光が我々を容赦なく突き刺してくる上に、アスファルトから跳ね返る熱放射という二段構えによって、体力と私の水分は存分にいたぶられていった。それだけで万年文化部の私の体力のキャパシティーは限界寸前である。これが響いて私の歩幅はみるみる減少していき、遂には歩数差も覆されてしまった。

 この時、私は意味のないはずのこの「愚理子」に意味を見出し始めていた。己の内に湧き出てきたのは、ただ純粋な「勝ちたい」という単純な欲望のみであった。この欲望が、既に限界寸前の私を再び戦いに駆り立てた。勝ちたいという執念は、私に明晰な頭脳を与えてくれた。ここまでで既に道のりは残り半分である。相手とのジャンケンも300回を超えていた。それまでのジャンケンで、相手はチョキやパーで多くの歩数を進むのを重視していた。つまり、相手はチョキかパーしか出さないのだから、チョキを出せば負けることはない―。この単純だが有効な戦術により、再び相手との差は圧倒的になった。しかしゴールも目前というところになると、相手もこちらの戦術に気付いたのか、相手の勝利回数が増えてきた。差はだんだんと縮まり、相手の勝利も見えてくるような位置になってしまった。しかし、最後の私の怒涛の三連勝が決め手となり、私の勝利という形で勝敗は決した。


 終わるまでかかった時間は約1時間。行ったジャンケン数はおよそ700回。私が歩いた歩数は846歩、一方相手が歩いた歩数は終わった時点で876歩であった。私の方がゴールしていない相手よりも30歩程少ないが、これは、私の不正……いや1ミリ先にでもと足を延ばした私の執念によるものであろう。

 戦いを終え、肉体も精神もボロボロの私たちは、BOOOKで束の間の休息を取っていた。長い闘いを終えた私たちは、奇妙な達成感に包まれていた。まるでマラソンを走り終えた時と同じような気分である。参加した同志のふともらした一言が特に印象に残った。「愚理子をやったあとのビ〇コは特にうまい」。私もおいしくて強くなれた気がする。
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