読み込み中

「水を主役としたATPエネルギー変換」事業終了


本学大学院工学研究科の鈴木誠教授が領域代表を務める「水を主役としたATPエネルギー変換」事業が昨年度三月をもって終了した。これに際し、その成果を一般と共有することを目的とした公開講座と公開シンポジウムが東京にて開催された。この催しは5月21日と22日の二日間で行われた。今回終了した「水を主役としたATPエネルギー変換」事業は文科省科学研究費補助金対象研究領域であり、2010年から4年間にわたって研究が進められてきたものである。


この事業で研究対象となったものの一つであるATP(アデノシン三リン酸)は人間をはじめとする全ての真核生物が利用する化合物である。この分子はある種の生体分子(特にタンパク質)が機能するうえで不可欠であることがわかっており、その理由はこれまでATPの端のリン酸結合の不安定性で説明されてきた。しかし、この機構を実際の体内環境と同じ水に囲まれた環境で正確に計算・測定した例は今までなく、むしろ計算とは異なった結果になる例が報告されている。例えば、体内では取り入れた食物を消化する最終過程でATP合成酵素によってADP(ATPからリン酸が一つとれた化合物)とリン酸を結合させてATPが作られる。この反応を計算機でシミュレートするとATP合成酵素とADPとリン酸だけでは合成されたATPと合成酵素の結合が強すぎて生成されたATPが取り出せないという結果が出てしまう。そこで周囲の水分子との相互作用を考慮すると、リン酸基と水分子の静電的な引き合いによってATPと合成酵素の結合が緩和され、ATPを分離、利用することができるようになる。このように反応機構周辺の水分子の存在は非常に重要であるが、これまでの研究ではそれらの影響は考慮されてこなかった。現在では計算機の機能、計算手法の向上に伴い、大量の水分子についても同時シミュレーションが可能になっている。この研究事業は日本がこの領域で最先端となることを目的に立ち上げられ、のべ43の機関が参加した。本学からも領域代表である工学研究科の鈴木誠教授をはじめとして、理学研究科の高橋英明准教授、工学研究科バイオ工学専攻の七谷圭助教、多元物質科学研究所の井上裕一助教らのグループが参加した。

公開講義では研究成果の一つとして、ATPの生体分子活性化効果がリン酸結合の不安定性由来ではなく、対象分子にATPが結合することによる周囲のエントロピー変化由来の反応である可能性が示唆されたことが紹介された。これは筋肉線維の収縮運動の研究からの知見である。筋肉線維はアクチン線維とミオシン線維が平行に並んだ構造をしており、ATPがミオシンに結合するとミオシンがアクチンに結合し引っ張ることで筋肉が収縮することがわかっている。この反応はATPがミオシンに結合しADPとリン酸に加水分解されるとミオシンの構造が変化することで始まる。その結果、アクチン線維と接触・結合したミオシンはより安定になる方向へ移動し、その後リン酸を放出すると考えられる。これがすべりの駆動力となる。ここでATPの加水分解反応はミオシンというタンパク質内で起こり、タンパク質内でのATPの加水分解の(自由)エネルギー収支はほとんど0であることがわかっている。すなわちリン酸結合が切れることが直接のエネルギー供給源でないことが示された。また、この駆動力を説明するために京都大学エネルギー理工学研究所の木下正弘教授の「水のエントロピーポテンシャル理論」を用い、水の排除体積の影響で水のエントロピーが増大するということでこの反応の方向性を説明できた。実際の観測でもこの周囲の水は通常と誘電緩和時間の異なる状態になっていることが確認された。以上の結果からミオシン-アクチンのすべり運動はATPが放出するエネルギーよりむしろ周囲の水の状態変化によるエントロピー変化に依存した運動であることが示された。

鈴木教授は「4年間の研究で、ATPについて今まで不確かだったことが色々とわかってきました。しかしこの研究分野は新しい分野のため、まだまだわからないことも多いです。なので、このようなシンポジウムなどを通して若い人たちに興味を持っていただき、水を考慮したエネルギー論の分野を切り拓いていってほしいと思います」と語った。

講演会 1048034875776677898
ホーム item

報道部へ入部を希望する方へ

 報道部への入部は、多くの人に見られる文章を書いてみたい、メディアについて知りたい、多くの社会人の方と会ってみたい、楽しい仲間と巡り合いたい、どんな動機でも大丈夫です。ご連絡は、本ホームページやTwitterまでお寄せください。

Twitter

Random Posts