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【書評】『思い出トランプ』 向田邦子 新潮文庫

 「人間臭い」という言葉は良い意味にも、悪い意味にもとれる。情に厚い人を指す一方、私利私欲に満ちた人をも指す。なんとも微妙な形容詞だ。




 向田邦子の短編集『思い出トランプ』は、そんな「人間臭い」人々がたくさん登場する。直木賞受賞作『花の名前』を含む13篇を収録。一つひとつの話の長さが20ページほどなので、通学の電車や寝る前のちょっとした時間にさらっと読むことができる。

 冒頭の『かわうそ』に読者は衝撃を受けるだろう。天真爛漫なかわいらしさに反して、平然と「うそ」をつく残忍さを持った妻・厚子と、脳卒中に倒れた夫・宅治の関係を描く秀作である。

 登場人物の感情の機微を些細な描写によって象徴的に表現する、筆者の筆力が素晴らしい。例えば、宅治は病に倒れた後「頭のなかで地虫が鳴いている」ようになる。妻の内に潜む純真な悪意の存在を意識する度に、その「じじ、じじ、」という不穏な音が宅治の頭に響く。怒りとも嫌悪ともつかない感情が、鼓膜の奥で渦を巻く。思わず自分の耳元を手で払ってしまうほど、宅治の心情を追体験しているような錯覚に陥るのである。

 昭和を舞台にした市井の人々の暮らしぶりも本書の魅力だ。登場人物、特に女性の言葉遣いには温かみに満ちた優しい響きが感じられる。包丁研ぎやあさりの砂抜きといった何気ない生活の跡にも、故郷の母を思うような懐かしさを感じる。

 だが、前述したように、そこに秘められた「人間臭さ」を読者はどう感じるだろうか。そこはかとなく漂う臭気を、ぜひとも堪能してみてほしい。
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