【紀行】白神山地で登山を
白神山地といえば世界遺産にも登録されており、ブナの原生林が非常に有名である。そのため、低地部分での散策・トレッキングツアーも盛んである。その一方で「山」を意識することは少ないのではないだろうか。そこで今回は白神山地での登山という点について着目してみたい。
白神山地の青森・日本海側には日本二百名山に数えられる白神岳(1235㍍)があり、夏は多くの登山者でにぎわっている。最もよく利用されている往復路は海沿いから登り始めるものである。駐車場の他にも登山口の近くに駅が存在していて、東北の山の中では交通の利便性が良いことも人気の理由の一つだろう。この最も一般的なコースでは最初は雄大なブナ林の中を歩く森林浴を楽しみ、次第に低木と草原への景色に変わる。最後の尾根上では西に日本海、東に白神山地全体を望むことができ、多様な自然を味わうことが出来るだろう。また、山頂にはベンチだけでなくトイレや避難小屋が存在しており、しっかりと整備されているので、日帰りでも泊まりでも楽しく快適に過ごせるようになっている。
さらにその先の世界遺産区域には向白神岳(1250㍍)と呼ばれる白神山地の最高峰が存在している。そもそも白神山地の世界遺産区域は人の手が加わっておらず、定められたルート以外は立ち入り禁止になっている。また、それらのルートは登山道のような整備は行われていないので登山者は自身の安全を確保できる十分な技量と自然環境を守るためのルールの厳守が求められている。白神岳から向白神岳に至るルートも定められたものの一つであり、冬季登山が最もメジャーなスタイルとなっている。草木が雪で隠れているのでそれらに惑わされることなく登頂することができるが、途中に鋭い尾根では天候や雪の状態によって雪崩の危険も高い。また、夏季には”やぶこぎ”という登山道以外の場所で地図を頼りに進む方法によって登頂を目指すこともできる。冬季のような雪崩の危険はないが、白神岳から向白神岳に至る尾根は全体としてササの密生地であり、ササをかき分け続けるのに十分な体力と気力が必要だ。概して、向白神岳の登頂はどのような場合でも難しいものとなるであろうが、その分、人の気配を全く感じない大自然を味わうことが出来るという魅力もある。
筆者自身も今年の8月に向白神岳を目指した。天候の問題があり登頂はできなかったが、高さ2㍍、直径2㌢㍍を超えるような長く太いササが所狭しと生えており、視界が遮られ、進めている感覚がない中、足だけではく体全体を使ってササを押しのけていく、精神的・体力的大変さを実感した。一方で、だからこそ、自然の偉大さを強く感じ畏敬の念を抱いた。また、時々展望がよくなると視界全体に白神山地の山々と日本海が入ってきた。また時折、遠くの沢から水の流れる音が聞こえたり、動物の跡を見つけたりと、人の存在を一切感じることなく、思いのままに自然に身を預けることができた。(石田彩恵)