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【特別インタビュー】作家・川上 未映子 さん ~若者に伝えたい思い~

 「人生、一回だからね」。川上未映子さん(43)の言葉は切実だ。「生まれ、生きること」の価値と向き合い続ける作家が、先の見えない現代に生きる若者に、伝えたい思いを語った。「何がどう転ぶか分からない人生で、唯一自分の味方でいてくれるのは、その時に考え抜いてやったかという経験だけ。そして、自分で考え抜くためには、『言葉』が必要なんです」


 新著『夏物語』(文藝春秋)は、「人が人を生むこと」の根源的な意味を読者に問う。第1部は、2008年の第138回芥川賞受賞作『乳と卵』を書き改めたものだ。東京で小説を書く主人公・夏子と、豊胸手術を受けようと上京した姉・巻子、その娘・緑子の女性3人が過ごす夏の3日間が描かれる。身体の変化を迎えた緑子は、生殖への嫌悪感を強く示す。人間の在り方と女性――。「『乳と卵』から10年以上が経ち、描写力などの技術がついたことで、今ならこのテーマを大きな物語にできると思った」と川上さんは明かす。

 男性も女性も、その他のジェンダーの人も、女性から生まれてくる。女性の心身を書き尽くすことで、社会や人間そのものを書くことになるのではないか。続く第2部で、38歳となった夏子は、「自分の子どもに会いたい」という思いを漠然と抱く。性行為を拒む夏子は、AID(非配偶者間人工授精)による、パートナーなしの妊娠、出産を望む。しかし、精子提供によって生まれ、本当の父親を探す逢沢潤をはじめ、さまざまな人々と出会い、話すことで、夏子の心は揺れ動く。

 〈どうしてこんな暴力的なことを、みんな笑顔でつづけることができるんだろうって〉AIDによって生まれ、血のつながらない父親から性的虐待を受けていた善百合子は、出産が親の身勝手な賭けにすぎないと夏子に語る。

 小説の重要な要素である「語りの運動」を追求したという川上さん。「生殖倫理というディープな話ではあるけれど、漫才のように笑い倒して読んでほしい」と、随所にユーモアが挟まれる。「泣き笑い」に満ちた物語の最後には、夏子の決断が描かれる。

 『夏物語』では、『乳と卵』において描かれなかった夏子の過去が語られる。生命を巡る対話や議論を交わした夏子の意識は、眠り際に回想される過去の記憶と混じり合い、幻想的に表出される。「創作においても、人間存在においても、非常に重要なもの」だという過去。「人生において共有された一定期間が、人間同士を結び付ける。過去が、自己の同一性を保っている」と川上さんは考える。

 自らの選択に思い悩む夏子を支えるのは、幼少期を共に過ごした祖母・「コミばあ」との記憶だ。今年5月に他界した川上さん自身のおばあさんがモデルだという。「夏子は幸せだよね。そういう関係を持てる人が近くにいて。すごく貧乏で、大変な人生を送ったけれど、それこそ過去や思い出に、何かがあれば、生きていけるのかもしれない」

○「人生はまとめられない」~小説から細部を学ぶ~


 「21歳か。21歳の時、何してたかな……ホステスだった、クラブの」。高校卒業後は、高級クラブのホステスとして、弟の学費を稼いだ。家族を養わなければならない重圧がかかる過酷な日々で、好きだったのは、本だ。「今は動画配信サービスやSNSで情報が得られる。時間はたくさんあるけれど、使い道は決まっている。でも、絶対に、本は読んだ方がいい」

 情報通信技術の発達に伴い、若者の「読書離れ」「活字離れ」が叫ばれて久しい。字数が限られたSNSや、いわゆる「まとめサイト」は、情報がまとめられているために、ディテール(細部)が削ぎ落されていると川上さんは指摘。「本当に大切なのはディテール。人間、そして人生は、まとめることができない。どういうディテールがあるのか、どう表現されているのか、それは小説からしか学べない」と主張する。

 「文学軽視」の懸念が広がる昨今。2022年度から始まる高校の新学習指導要領において、2、3年生が履修する国語の選択科目が、現在の「現代文」から、実用的文章を学ぶ「論理国語」と、文学を題材にする「文学国語」に分かれる。

 「分けられないからいいんじゃん」と川上さん。「小説には初めて知る世界の角度がある。新しい角度を得るために、フィクションはすごく効果がある」と見解を示した。

 例えば、SF。SFで語られることは、予言であり人類に対する警鐘に満ちている。「リアルな条件から得られるイマジネーションもあれば、フィクションから得られるイマジネーションもある。両方を現在として捉えることが大切」と川上さんは話す。「絶対フィクションには触れてください。絶対役に立つから」

○現代をどう生きるか ~恵まれているのはラッキー~


 これからの創作について、「常に挑戦と更新をして、ハードルを上げ続けて、長生きして、たくさん書いていきたい」と明かす。一方で、未来を担う若者への思いは強い。

 「人と違う方がいいよ、絶対」と川上さんは学生に呼び掛ける。入社した企業はいつ倒産するのかも分からず、終身雇用も保証されない現代。「人生とは何かを考えた時、好きなことを見つけて、夢中になれるものがあったら、それをやって死んでいくのが筋じゃん」と訴える。

 作家である川上さんは、周りと同じようにやっていけない学生へ、「案ずるな」と語りかける。「人生は人の数だけある。誰かから見たら失敗かもしれないけど、自分が失敗だと思わなかったら、失敗じゃないからね。人と違うと思っても、つらいと思う必要はない、誇ってほしい。才能だから、それは」

 人の言うことを聞いたり、隣と足並みをそろえたりしたところで、ダメになる時が人生にはある――。「たくさんの本を読んで、いろんな人生のシミュレーションを見て、自分の力をつけられる時期。どうやって自分は生きていくのか、考えるために過ごしてほしい」と学生に願う。その時々で、自分が限界まで考えて下した決断が積み重なること、これが本当の「キャリア」だという。

 その上で川上さんは、理不尽な社会との向き合い方について力説する。「まかり通っている今の常識は、自分が採用するべきものなのか、自分で厳しく判断していく。社会の歯車になってはいけない。自分は無力だと思わないで。自分が世界の真ん中にいるんだから」。社会の何がどうおかしいのか、自分がどうしてつらいのか、表現するためにも「言葉」は欠かせない。

 「大切なのは、勇気と知性、そして優しさ」。自己責任論の対極にあるものが、優しさだという。「自分が履かされた下駄、恵まれたものは、どこかから持って来たもの。恵まれた人たちは、そのことを肝に銘じなければならない。当たり前だと思わずに、ちゃんと還元しなければならない」と念を押す。

 生まれることは賭け――。川上さんが『夏物語』で問うたそれは、現代を生きる私たちの胸に突き刺さる。「恵まれている人は、自分のおかげじゃない。たまたまラッキーだっただけ。それと同じように、たまたま不幸で、うまくやれない人がいる。その人たちに思いをはせること。それは絶対に忘れてはいけない」


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報道部では、川上未映子さんの直筆サイン入り「夏物語」を3名の方にプレゼントいたします。締め切りは12月22日(日)必着です。
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※応募期間は終了しました。たくさんのご応募ありがとうございました!
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