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【書評】『ダブリンの人びと』 ジェイムズ・ジョイス ちくま文庫

 夏季休暇の約2か月の間、読者の皆さんはいかがお過ごしだっただろうか。本学では、筆者も含め近隣の県や遠隔地から進学してくる学生が大半を占める。家族の元に帰り、一時の団らんを楽しんだ方も多いはずだ。仙台の生活を経験し、生まれ育った街や見慣れた人びとにも新たな発見があったのではないだろうか。そこで今回は、「故郷」に焦点を当てた小説を紹介したい。



 ジェイムズ・ジョイスの『ダブリンの人びと』(原題:『Dubliners』)は全15編からなる短編集である。彼の生地であるアイルランドのダブリンに暮らす人びとを描く。登場人物の年齢、性別、社会的地位はさまざまだ。思想や宗教といった複雑な題材を取り上げる一方、閉塞的な日々への倦怠、都市生活の孤独など、現在にも通じる身近な内容も数多く扱う。

 本作の大きな特徴は、複数の作品の中で「死」がテーマの一つになっていることだ。第一作の「姉妹」は語り手の少年と交流のあった老神父の死が主題だ。最も長い第十五作の「死者たち」では、ダブリンで開かれたパーティをきっかけに、主人公は彼の妻が若い頃に経験した、交際相手との情熱的な死別を知ることになる。他にも「イーヴリン」「痛ましい事故」などの作品で、死者が現在まで与え続ける影響が取り上げられている。

 実は筆者も今回の帰省で知人の訃報を受け取った。私たちが成長するにつれ、親類や知己も年齢を重ねる。彼らの死期を漠然と予感したり、実際に近しい人を亡くしたりした経験を持つ方も少なくないだろう。そうでなくとも、不慮の事故や急病で命を落とすことはそう珍しいことではない。そうして「影となった」死者は故郷や人びとの過去として積み重なり、現在を生きる私たちと関わり続けるのだ。訳者あとがきによると、ジョイスは「いつだってダブリンについて書いています。だって、ダブリンの核心に到達できれば、世界の全都市の核心に到達できるからです。特殊の中に、普遍が含まれているのですよ」と述べている。故郷で経験する出来事として、「死」は最も普遍的なものと言えるのではないか

 もう一つの特徴として、訳注と解説がたいへん充実していることが挙げられる。作中には固有名詞や独自の風俗が度々登場し、人物たちは都市の内部を大きく移動することもある。本文だけでは理解の難しい当時の社会情勢や宗教的知識、街の地理などを把握し、作品への没入を深める大きな手助けになるはずだ。

 収録された作品では日常の出来事や人物の心情が淡々と綴られる。見知らぬダブリンの街並みに、私たち自身の「リアル」を発見することができるだろう。
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