【書評】『塩の街』 有川浩 角川文庫
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「愛は世界なんて救わないよ。賭けてもいい」。『図書館戦争』で有名な有川浩さんのデビュー作の『塩の街』の一節である。巷でよく聞かれるフレーズを真っ向から否定する言葉に、筆者は心を動かされた。世界を救う、もっと身近な言葉では、社会のために、という理由だけで私たちが行動することは、決して多くない。大抵は、自分たちの利益が少なからず絡んでいる。自分の利益のために行動した結果として、社会のためになっている。そんなことを、冒頭のフレーズから改めて気づかされた。
物語の舞台は、突如空から降ってきた謎の塩の塊によって人間が塩にされ、それまで当たり前にあった「日常」が崩壊していく世界である。元航空自衛隊のパイロットである秋庭と、普通の高校生である真奈が出会い、秋庭が世界を救う計画に乗りだし、その過程で2人の関係に変化が起こっていくという話である。
この作品に登場する人物の特徴として一貫しているのは、人間は自分やその周りのことしか考えず、また、考えないようにしている、ということだ。例えば、真奈が人体実験について非難したときのことである。科学者から、「これは製薬会社の製薬実験と同じである。新しく作られた薬が良く効くとなればためらいなく使うだろう。でも、その裏にはたくさんの殺された動物たちがいるかもしれないのだ」そう非難された真奈は、何も言えなくなってしまう。
自分の見ているところさえきれいであればそれでいい、自分の見えていないところが汚くても構わない。そう心のどこかで信じているのは、ヒロインである真奈だけではないだろう。
真奈はさまざまな人と出会い、時には鋭い言葉を浴びせられながら、次第にたくましくなっていく。その真奈の変化が、崩壊していく社会が救われるきっかけになるのだ。しかし、これは決して世界を救おうとしたものではない。あえて言うとすれば、真奈が自分勝手になってもいいと思って行動した結果なのであろう。
あとがきでは、有川さんはこの作品について、今より拙いとしながらも、この登場人物たちが私を作家にしてくれた、と振り返っている。今や人気作家である有川さんの処女作をぜひご一読あれ。(ペンネームは発行当時のものを使用)