報道部で芋煮会 芋煮ができるまで
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宮城県に住んでいる人ならば秋と言われて「芋煮」が頭に浮かぶ人も少なくないだろう。9月下旬、我ら学友会報道部でも「芋煮をやろう」という声が上がり、10月6日の決行が決まった。
芋煮会の運営は部員Wと筆者。具体的な流れと時間を決めてグループLINEに流し、改めて参加者を募ると、参加希望の多くのリアクションがついていた。
当日。朝9時から買い出しに行くことになっていた。部室に着くと、来ていたのは全員で4人だった。怪しい空模様の中、部員Wと筆者は近くのスーパーに向かった。スーパーに到着し、食材をかごに入れていくが、肝心の里芋が見当たらない。部員Sに別の店で里芋を買うよう頼む。その後他の部員がスーパーに合流する。彼らによると、実際はこのスーパーに里芋はあったそうだが、残念ながら我々二人では見つけられなかった。その後別の店で里芋を獲得した部員Sとも合流し、芋の準備は万端である。
買い出しを済ませ、部室に戻る。このあたりから徐々に部員が増えてきた。みんなで下準備をすると、思いのほか早く終わった。芋煮の開始時間を15時半としていたため、それまでトランプをして時間を潰した。買い出しの時間を遅くしてもよかったと少し後悔した。
15時過ぎ、牛越橋下の河川敷に行くと、多くの団体が芋煮をしていた。我々も場所を見つけ、石でかまどを組んで大鍋を準備する。小雨が降っていたが、順調に火がつき安堵した。その後、長ねぎ、こんにゃく、豚肉など計8種類の具材と、仙台味噌、だしを入れていく。豚汁だと言われるかもしれないが、里芋が入っているから間違いなく芋煮である。途中、石が少し崩れ、鍋が傾くハプニングがあった。小さい石を多く積むのではなく、大きな石を少し積んで安定させるべきだったと反省した。何はともあれ、無事に芋煮が完成した。冷たい風に当たりながら食べる芋煮は、身体に染み渡り絶品だった。辺りが暗くなり、食べるのも終盤に差し掛かったところで、麺を入れて〆のラーメンを頂いた。邪道だろうが、美味しければそれでいい。
撤収し部室に戻る道中ずぶ濡れになりながらも、部員Wと筆者は芋煮会の成功を噛みしめた。
(瀧沢和樹)