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【書評】『逃亡者は北へ向かう』 柚月裕子

 「人生など、自分の力でどうこうできるものではない」。「自分ではどうにもできないものがこの世にはあるのだ」。真柴のこれらの言葉は、人生には不条理や理不尽が付き物であると、私たちに強く認識させる。

 本書は、岩手県出身の著者が、東日本大震災の発生した東北を舞台に描く、震災クライムサスペンスである。

 天涯孤独で不幸な境遇にある真柴亮は、様々な不運にさいなまれる中で、偶然にも殺人を犯してしまう。その後、真柴は一通の手紙を手に、北へ向かっていく。果たして、真柴の目指す先には何があるのか。

 その真柴を追う、ベテラン刑事の陣内康介。彼の娘が震災で行方不明になっているが、刑事として容疑者確保の職務を優先している。真柴の生い立ちを調べながら、真柴の行方を追跡する。

 本書は、真柴が北へ向かう目的が少しずつ明かされる過程、真柴の逃亡劇、警察の追跡劇が主軸である一方で、さまざまなものを描き、私たちの心に問いかけているようである。震災がもたらした悲惨さ、混乱、悲しみ、怒り。人々が何を思い、どう行動するのか。人の弱さを隠さず、かなり生々しく描かれている。

 真柴の心の内の描写も本書の大きな特徴といえよう。それは単に逃亡犯の心情だけではなく、一人の人間として人生やこの世そのものに対して感じる本音や気づきでもある。逃亡の中で出会う人々も真柴に影響を与える。「理不尽な目に遭いながらも、必死に生きようとしている人がいる」と感じる真柴。人はたしかに弱くてもろいが、未来へ必死に歩もうとする強さもあるのかもしれない。

次の3月11日で東日本大震災からちょうど15年を迎える。15年経ち、多くの人の環境や立場は変化しただろう。時に不条理や理不尽を押しつけるこの世で、人々が感じたこと、向き合ったことを再認識できる一冊ではないか。(瀧沢和樹)

柚月裕子著「逃亡者は北へ向かう」、新潮社刊


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