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【書評】『イスラム飲酒紀行』高野秀行 講談社文庫

 時折見かけるハラルメニューのように、イスラム文化が私たちの日常にも姿を現すようになってきた。しかし、エキゾチックな印象が先行し、その実情は謎に包まれている。

 本書『イスラム飲酒紀行』は、戒律により酒類が禁止されているイスラム圏で、著者の高野秀行が酒を探すという奇想天外なルポルタージュだ。「酒を求めると現地から遠ざかり外国人向けになっていく」という本書の言葉が示すように、イスラム圏で酒を求めることは一見現地の習俗から離れる行為のように思われる。しかし著者は「タブーを破りたいわけじゃない、酒が飲みたいだけなんだ!」という天真らんまんさで、現地のリアルな習俗に肉薄していく。

 本書には多くの地域が登場するが、その中にアフガニスタンを目指す際に経由したパキスタンがある。パキスタン航空は、乗客が少ない場合、フライトをキャンセルするといわれている。恐らくはそのためか、著者もパキスタンで足止めを食うことになってしまう。

 現地のホテルで酒を得られなかった著者は、隣町に繰り出し、3人の学生と出会った。そして、自国の政府に対して批判的な彼らに、「非合法」なにおいを感じ、なんと彼らの自宅に押し掛けてしまう。彼らの家で著者は、医者の診断書があれば酒が買えるという「パーミットプレイス」という場の存在をつかむ。しかし、パーミットプレイスがあるはずのホテルに着くと、「酒はない」とはぐらかされてしまう。

 このように、本書では酒を求める過程で出会うさまざまな人々が登場する。そして著者は、タブーだという建前を守りつつ、さまざまな方法で酒を飲もうとする彼らの本音に切り込んでゆくのだ。

 その神秘性や昨今のテロ行為、内戦などの印象から、「イスラム」という言葉には、緊張感が付きまとう。だが、著者の生き生きとした文体は、ムスリムの温かさをありありと映し出してくれる。

 「イスラム圏で酒は飲めるのか」という興味をそそる問いに真っ向から挑むことが、本書の面白さの一つだ。しかし、タブーである酒の探求を通じて明かされるムスリムの人情味は、それ以上の発見ではないだろうか。
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