報道部部室が一時移転中です

川内サークル部室棟(新サ棟)の内装工事に伴い、報道部部室が
【川内・サークル部室棟Ⅱ 410号室】
に一時的に移転しています。
アクセス方法などの詳細はこちらをご覧ください。
他団体の配置などはこちら

祝・七大戦連覇!448号(次号)で特集します

東北大学が今年の七大戦も制覇、2年連続14度目の総合優勝を飾りました!
14度目の総合優勝は、京大に並び最多タイです。
参加団体の皆様おめでとうございます。
次号の東北大学新聞では七大戦優勝を取り上げます。発行は10月中~下旬です。
合わせて、北海道胆振東部地震に被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。

東北大学新聞447号読者プレゼントを実施しました

東北大学新聞としては恐らく初めてとなる、読者プレゼントを実施しました。

プレゼント:「ディズニー・アート展」ペア招待券 5組
※応募は締め切りました。

当選された方には招待券を送付いたしました。ぜひお楽しみください。

今年度の課外活動奨励賞を受賞!

報道部は、今年度の東北大学基金課外活動奨励賞を受賞いたしました。今回は27団体が受賞しました。
報道部の受賞はこれで3年連続になります。ありがとうございます!
学内外の皆様に読んでいただける記事、新聞をこれからも発行し続けて参ります。

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【イベント】俳優ジョージ・タケイ氏 講演会「変革の起こし方」

6日金曜日、日系アメリカ人ハリウッド俳優のジョージ・タケイ氏(George Takei)が本学川内キャンパスにて講演会を行った。タケイ氏は「スター・トレック」シリーズのヒカル・スールー役が有名。講演には留学生をはじめ、多くの人々が集まった。



タケイ氏は日本人の父と日系二世アメリカ人の母との間に生まれた。カリフォルニア州で幼少期を過ごしたが、第二次大戦が勃発し強制収容所に家族とともに連行された。5歳の時だった。移送当日、まだ幼い妹を抱きながら流した母の涙が今でも瞼の裏に焼き付いているという。

収容所での生活は過酷なものだった。しかし困難な状況に置かれても短い時間でそれが「普通」だと思える子供の適応力はすごい、とタケイ氏は言う。とはいえその頃から、幼いながらも差別というものを意識し始めていたそうだ。

戦争が終わり、家族は生まれ故郷のロサンゼルスに戻ったが、全てを失った彼らはスラム街での生活をよぎなくされた。まもなくして、両親がはじめた仕事が軌道にのり、一応の安定した生活ができるようになった。一方でアメリカ国内では終戦後も人種差別が色濃く、学校に通うタケイ氏も教師から無視されるなどの経験をした。この頃タケイ氏は、自身が同性愛者であることを自覚するようになったが、それが世間一般ではおかしなことだと悟り、誰にも打ち明けることはなかった。

学生時代、ゲイバーに通い始めるようになった。しかし当時はまだ同性愛者への偏見が強く、ゲイバーを始めとする同性愛者のコミュニティは警察の取り締まりの対象となっていた。「自分が唯一リラックスできる場所が失われることに憤りを感じていた。各地では同性愛者の権利を訴える運動が起こっており、それに参加しようとも思った。だが自身の俳優としてのキャリアを守るため、私は本当の自分を隠し、嘘の自分を演じていた。」とタケイ氏は語る。

しかしそんなタケイ氏の考えを一変させるできごとが起こる。カリフォルニア州で可決確実とされていた、同性婚を認める法案が州知事の鶴の一声で否決されたのだ。「一人の拒否が、大衆の想いより強い。そんな民主主義があってたまるか、と思いました。同性愛者への偏見は人種差別となんら変わらない」。

それを機にタケイ氏は自身が同性愛者であることを世間に告白し、現在に至るまで様々な運動に参加するようになった。活発な運動の甲斐あってか、ついに裁判所が同性婚を認める判決を下した。「行動しなければ何も変わらない。それは民主主義でも同じ。人々が活動に参加することで民主主義はより良くなっていく」とタケイ氏は講演を締めくくった。

質疑応答では、日本ではまだ同性婚は認められていないことについての質問がなされた。タケイ氏は、変革とは時間がかかるもので、まずはしっかりとしたコミュニティを築いていくことが重要だと述べた。そしてゆっくりかつ確実に、人々に訴えかけていくことが望ましいと語った。

講演会 3950446347528831548

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