【研究成果】アインシュタインとボーアの思考実験を分子レベルで再現 ~本学多元物質研究所 上田教授~
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本学多元物質研究所の上田潔教授は、フランスのソレイユシンクロトロン放射光施設のカタリン・ミロン研究員のグループ、スウェーデン王立工科大学のファリス・ゲルムハノフ教授らとの共同研究で、アインシュタインとボーアの論争で思考実験として提案された二重スリット実験を、酸素分子の酸素原子二個を二重スリットに置き換えることで、世界で初めて実現させた。
二重スリット実験とは、高校物理で習うヤングの実験を、光の代わりとして電子を用いて行うものだ。ヤングの実験では、光を最初のスリット(切れ目)を通過させた後、二枚目に上下2つのスリットを用意し通過させると、その奥においた写真乾板に干渉縞と呼ばれる縞模様が現れる。光の代わりに電子を用いても同様な実験ができる。このとき乾板に衝突した電子は跡を残す。回数が少ない間、電子は一見乱雑に当たっているように見えるものの、この実験を繰り返すと電子は乾板に干渉縞を描くように衝突する。二〇世紀の終わりに外村彰博士が行ったこの実験は、照射する電子が少ない時は粒子、多い時は波動としての性質が見えるという、電子が持つ粒子と波動の二重性を示したことで大きな反響を生んだ。
※スリットは上下に移動可
一個の電子が二枚目の上下2つのスリットを通過するとき、ボーアの主張する量子力学では、電子はこの時波動としてどちらのスリットにも確率的に存在しているという解釈になる。これにアインシュタインは反発し、「スリットを通るときに電子はスリットに衝突する。ならばスリットが受け取る反跳運動量を測れば電子がどちらかのスリットを通ったとわかるではないか」と主張した(上図①)。ボーアはこれに対して、「量子力学ではスリットの運動量を精密に調べれば位置が不明瞭になるので、干渉縞は消える。結果として波動としての性質が失われる」と反論した(上図②)。この思考実験を一言でまとめると、次のようになる。『二重スリットを通る電子の運動量が測定できれば、干渉縞は消えるのか』この思考実験は長い間科学者の想像力を膨らませていたが、実際に再現をすることは今まで出来なかった。
この再現に挑んだのが上田教授を始めとする研究グループだった。上田教授は十年前、全く別の目的で窒素分子の電子放出を測定していたところ、偶然、二原子分子の放出する電子が二重スリットを通過した電子と同じ性質を持っていることを発見した。上田教授はこの頃から、この発見を使えばアインシュタインとボーアの思考実験を再現できると考えていた。そして使う分子を酸素分子にして、次のような実験を考えた。
まずX線で酸素分子を励起させ、電子を放出させる。このとき同時に酸素分子は二個の原子に分かれようとするので、電子を放出した後の酸素分子または酸素原子の運動量と、電子の運動量を測定するというものだ。
電子を放出する時、分子または原子には、電子を放出する向きと反対の向きに運動量が加わる。分子のときに電子を放出した場合(上図①)、分子から二つの原子に分かれた時に運動量も等しく分けられてしまうため、どちらの酸素原子から電子が飛び出したかがわからない。
一方、原子になってから電子を放出した場合(上図②)、片方の酸素原子にのみ運動量が加わるため、どちらの酸素原子が電子を放出したかがわかる。酸素分子の二個の原子は二枚目のスリットと同じ役割を持っているので、酸素分子から電子が飛び出す時どちらの酸素原子から電子が放出されたかがわかるということは、スリット実験のときどちらのスリットを電子が通過したかがわかるということと同じといえる。
また電子の運動量を測定すれば干渉の様子がわかる。つまり電子を放出した後の酸素の単原子イオンの運動量と電子の運動量を同時に測定すれば、干渉縞の有無と反跳運動量の測定の可不可の関連性を確かめることができるというわけだ。
上田教授らはこの実験で十万を超えるデータを収集し、反跳運動量から電子がどちらの酸素原子から放出されたかがわかる場合は電子が干渉縞をつくらず、一方わからない場合には干渉縞をつくるということを、世界で初めて実証することに成功した(右図)。
これによりアインシュタインとボーアの間で議論された思考実験を実現することが出来ただけでなく、量子系の計測と制御に新たな方向性を与えた。ひいては世界中で開発が行われている量子コンピューターの実現にもつながる研究と注目されている。上田教授は「実験を行うことが出来たのもフランスの励起装置が使えたからだ。研究では国内外問わず多くの研究仲間に助けられた。サイエンスには国境はないと改めて感じた」と語った。
これによりアインシュタインとボーアの間で議論された思考実験を実現することが出来ただけでなく、量子系の計測と制御に新たな方向性を与えた。ひいては世界中で開発が行われている量子コンピューターの実現にもつながる研究と注目されている。上田教授は「実験を行うことが出来たのもフランスの励起装置が使えたからだ。研究では国内外問わず多くの研究仲間に助けられた。サイエンスには国境はないと改めて感じた」と語った。