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【書評】『さむけ』 ロス・マクドナルド 早川書房

 ハードボイルド探偵小説というジャンルがある。行動派の探偵がその強靭な肉体と不屈の精神を武器に、感情にながされることなく事件の真相に迫る姿を描いた小説を指す言葉だ。




 暴力や反社会的行為を隠さず描写する作風や、現実離れしていて時とすれば非情な探偵像に、このような作品を苦手とする人は多い。ジャンルに触れたことがなくても、「ハードボイルド」という言葉、そしてそれが指す人間像に抵抗を感じる人も多いのではないだろうか。

 今回紹介する『さむけ』もそのようなハードボイルド探偵小説だ。しかし主人公である私立探偵リュウ・アーチャーの人間像は私たちのイメージする「ハードボイルド」とは大きくかけ離れている。

 物語は、別の事件に関わる裁判での証言を終えたアーチャーに、アレックスと名乗る青年が話しかける場面から始まる。彼が持ち掛けたのは、失踪した新婚の妻ドリーを連れ戻してほしいという依頼。最初は乗り気でなかったアーチャーだが、アレックスの熱意に負けて彼の妻を探すことになる。

 そして調査の末、アーチャーはドリーが偽名である大学に通っていることを知る。依頼は簡単に達成されたかに思われたが、その晩、アーチャーは大学で知り合った女性講師ヘレンの死体を見つける。そして次々と現れる証拠は、ドリーが彼女を殺したということを示していた……。

 ドリーとヘレンを中心に過去の悲劇が複雑に絡み合うトリックは圧巻で、単に推理小説として見ても本作の完成度は非常に高い。しかし、真に物語を魅力的なものにしているのはアーチャーの人間像だ。

 事件に立ち向かうヒーローであるはずなのに、アーチャーの性格は陰気だ。同様に、彼の目を通して描写される風景や関係者の人間模様もじめじめとした雰囲気に包まれている。

 しかしアレックスやドリーを時に叱咤し、時に優しく支えながら導く彼の姿には、他のハードボイルド探偵小説の主人公には無い暖かさがあふれている。この、非情になりきれない人間臭さこそが彼の魅力なのだ。是非本書を手に取って、時代を超えて人々の心に響き、求められ続けるヒーローの在り方を感じてもらいたい。
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