【特別インタビュー】仙台文学館館長・佐伯一麦さん ~文学は総合芸術~
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―文学館館長に就任するにあたっての思いは
仙台の自然環境の中で私の作風が培われたので、生まれ育った地元に恩返しをしたいという気持ちがあります。ただ、館長という役職に対して、特別に気負っているようなことはありません。仙台文学館は昨年開館20年という節目を迎えました。私が館長に就任したことは、その20年の歴史の延長にあることだと思っています。20年前、仙台は100万都市という割には文学的にはあまり盛んとはいえない土地でした。しかし、伊集院静さんや瀬名秀明さんが仙台で活動するようになり、今では熊谷達也さん、伊坂幸太郎さんなど仙台在住の作家も多くなりました。その文学の流れを途切れさせないようにしたいですね。
―仙台文学館の役割に期待することや、やっていきたいことは
私が文学を志したのが高校時代ということもあり、文学を志す若い人たちへ何か刺激を与えられればと思います。仙台文学館は幅広い年代の人たちに愛されています。エッセー講座や読書会を開催すると70代から80代の方の参加が多く、90歳近くの方も見かけることがまれにあります。若い世代の方も多くはないものの見かけることはあるので、その中から文学を志す人が出てくるとうれしいですね。
また、文学とは音楽や美術、映画など異なるジャンルの芸術と相互に刺激し合う中で発展する「総合芸術」だと私は考えています。そのため、文学館のイベントの一つとして行っている読書会では、文学作品そのものと文学作品の中に「素材」や「影響」として現れるその他の芸術との関わりなども扱えたらと思います。
―読書会の魅力とは
読書会は、事前に読んできたテーマとなる作品に対する感想を複数の人が発表し合う場です。そのため一つの作品に対するさまざまな感想を聞くことができるのが魅力だと思います。文学にはいわゆる「正解」にあたる読み方はないので、参加者が作品に対して抱いた感想を素直に出しあえると、より読書会が面白くなります。また、一人だけで読んでいると、ストーリーのみを追ってしまい、ストーリーには直接絡まない細部の描写を読み飛ばしてしまう人も少なくないようです。そんな人たちも読書会を通して最終的にはそのような細部の描写にまで意識を向けられる変化が生まれるのも、読書会を開く魅力の一つです。
―佐伯さん自身が他の芸術から受けた影響とは
小説を書き始めたことがまさしくそうでした。文学を最初に志したきっかけが、高校時代に印象派の画家、ゴッホの個展を見に行って強い衝撃を受けたことなんです。
ゴッホの作品には自画像が多いです。例えば「絵を描いている自分」を題材にした自画像をよく見ていると、瞳の中に絵を描いているゴッホ自身までが小さく書き込まれているのに気がつきます。それを見て、視界に入ったものを取捨選択せずにそのまま描こうとする過激とも言える自己認識のあり方に感銘を受けました。
ゴッホが絵で自画像を描いたように、言葉で「自画像」を表現したいと思うようになりました。それとともに、ゴッホは麦畑のように世界中にありふれている見慣れたものではあっても、子細に観察して描くことで芸術作品になりうるという信念を持っていました。その精神に感銘を受けた結果、私は自分をモデルにして、自分の身の回りに題材を見つける私小説を書くようになったという感じですね。実は、「一麦」というペンネームもゴッホが麦畑を好んで描いていたことに影響されてつけたものなんですよ。
―電子書籍が普及している中で紙の本を読む意義とは
「もの」として手元に残る本だからこそ得られる体験があることだと思います。もちろん、電子書籍を一概に否定するわけではありません。資源の問題や保存する場所を取らないこと、それから検索をしやすいことなど、電子書籍は紙の本よりも効率がいいというメリットがあります。しかし、先ほども述べたように文学というものは総合芸術であり、装丁や手触り、匂いなどそういうものを全て含んだものが「本」であると考えています。本をただ手に取ってみる「触読」や、手元に置いておくだけのいわゆる「積ん読」など、楽しみ方はそれぞれです。案外、そのような形で手元に置いておくだけでも読書の体験と言えるのかもしれません。例えば今回のような外出自粛要請が出され時間に余裕がある時など、ふとした時に改めて読んでみて深く理解できるようになっていたということもあるのではないでしょうか。
―本学学生に一言
ぜひとも、瀬名さんや伊坂さんに続く東北大出身の作家さんが出てきてほしいですね。また、作家になるわけでなくても、文学と一生付き合ってもらえれば良いと思います。文学とは、分かりやすいものではないですし、必ず理解しなければいけないものでもありません。最初は理解できなくても大丈夫です。知らず知らずのうちに自分の中に入ってきて、気がつくと大切な存在になっていることもあります。「分からない」という感覚を大切にしてください。そして、文学に触れてみたくなったらぜひ仙台文学館に足を運んでみてください。