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【書評】『貝に続く場所にて』石沢麻依

7月14日に第165回芥川賞の受賞作品が2作品決定し、そのうちの一つに本学卒業生であり、現在はドイツ在住の石沢麻依さんの『貝に続く場所にて』が選出された。



時は2020年。新型コロナウイルスの影響で生活が一変したドイツの学術都市、ゲッティンゲンで語り手・小峰里美は、1年前からアガータとの同居生活を送っている。彼女らは木曜日の午後に、2人の同居の契機となったウルスラのもとを訪れ、通称「木曜人」と呼ばれる人々と共に談笑することが習慣となっていた。   


そんなある日、里美のもとに大学時代の友人で、ともに西洋美術史を専攻していた野宮が訪ねてきた。しかし野宮は9年前の震災に巻き込まれ、行方不明になっていたのだった。異国の地に突如現れた野宮とのを経て、里美は9年前の震災の記憶や野宮本人との距離感をより一層つかめずにいた。


野宮との再会からしばらく経った頃に「惑星の小径」と呼ばれる、街に組み込まれた太陽系の縮尺模型に関する噂が流れると同時に、森の中でさまざまな発掘物が現れるようになった。実はこれらの現象は、里美の周囲の人間が持つ過去の記憶と密接に関連しているのであった。


震災の犠牲となった野宮が、なぜ生身の人間として里美のもとを訪れたのか。実はこの不思議な現象は本文中で詳説されていない。故にこの事象について読者自身が自由に解釈しながら本書の世界観を味わうことができる。また本書での里美の設定は出身地や西洋美術史専攻といった点で、著者の経歴と共通するところが多い。語り手である里美と著者を重ね合わせることで、本書を一種の私小説と捉えて読んでみるのも面白いだろう。


震災という我々が経験した災禍を基盤に置きつつ、経過した時間や過去の記憶との距離感を緻密に描写した本書を、ぜひ手に取って読んでみてほしい。

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