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【特別インタビュー】第165回芥川賞受賞 「貝に続く場所にて」著者 石沢 麻依さん

 本学の卒業生で、2月にデビュー作『貝に続く場所にて』で第165回芥川賞を受賞した、石沢麻依さんに話を聞いた。「書き続けたい」と話す石沢さんは、過去、現在、そしてこれからについて、自身の言葉で丁寧に語ってくれた。



 デビュー作が権威ある賞を射止め、「うれしいというよりも、とても恐ろしいという気持ちが強い」。受賞直後の気持ちをこう語った授賞式から約3カ月。時間の経過とともに、思いがけない受賞に対して感じた「恐ろしい」という感情は、なくなっていった。


受賞によって多くの読者を得たことに感謝しつつ、小説について「まだ満足いかないところもある」と話す。「もっとモチーフを結び付け『星座的に書く』ことができたのではないかと思っています」。記憶・時間・空間といったモチーフをつなげていって、読むたびに違った側面がみられるような小説を目指している。


受賞から時間がたち、自分の作品に対する客観的な視点が出てきた。自分はこれからどのように作品を深められるか。さらに言葉や世界を広げるにはどうすればよいのか。そうした「自問自答の時期」が今だという。


受賞作『貝に…』で描いたモチーフの一つに、東日本大震災がある。震災を純粋に書くことはとても難しい。「かといって、震災を感情的に書くのは嫌でした」。それは、記憶・時間・空間など、個人の中に蓄えられた感覚的経験を引き起こすのが小説であるという、自身の考えに基づいている。


「感情的なつながりではなく、それぞれが過ごしてきた10年間を通して、自分たちの身体に積み重ねられた時間や空間、眼差しや記憶が、あの時の3月とどう向き合っていくのか」。感情ではなく、ひとりひとりが抱えている感覚・記憶に続いていけるような小説。それが今回『貝に…』で目指したものだった。


 自身の学生時代を振り返って、「基本的に本に埋もれていました」と笑う。高校時代は「本ばかり読んでいないで、勉強しなさい」と言われていたという。それが大学では「本を読むこと=勉強。なんて素晴らしいのだろうと思いました」。正々堂々と本が読めて、それが勉強につながる大学の環境は、自身にぴったりだった。当時を「あれほど勉強したことはないですね」と振り返る。「とにかく知りたくて知りたくて仕方がなかったんですよ」


 印象に残っている授業は「いくつもある」と話しながらも、ドイツ文学の授業を挙げた。そこで触れた2冊の本に、自身は強く影響を受けているという。


1冊目はミヒャエル・エンデの『鏡の中の鏡―迷宮―』。「実は、わたしはそれまでエンデを読んだことがありませんでした」。エンデといえば、代表作に『モモ』や『果てしない物語』などがある。それらを読まずに、『鏡の…』で初めてエンデの世界に触れた。「あまりの素晴らしさにショックを受けました。ドイツ語がこんなに美しいとは思っていなかったんです」。そしてこうも思っている。「エンデを子供時代に読まなくてよかった」。ドイツ語の美しさがわかる年齢になって初めてエンデを「経験」したことを、感慨深く振り返った。


もう一冊は、オーストリアの作家、ヘルマン・ブロッホの『夢遊の人々』。この作品を紹介してくれた恩師の言葉を、今でも覚えている。「ヘルマン・ブロッホは45歳にして、初めて書き上げたこの作品を世に出しました」「だから人間というのは、年齢関係なく、やるべきときはいつかあります」


自身が小説を書くうえで、この言葉から大きな感銘を受けた。自身のデビューは41歳。「はたから見れば遅いと感じるかもしれませんね」。しかし、2019年に小説を再び書き始めたとき、自身は「遅いんじゃないか」とは思わなかった。むしろ、ブロッホを思い出して、こう思った。


「まだ書ける」 


これから書いていきたいテーマがある。それは、記憶・時間・空間の多層性と、それらをつなぐ現実と幻想の曖昧性についてだ。「受賞という形でチャンスを与えていただいたのだから、もっと書き続けたいです。もっとも、チャンスがなくても書いたと思うのですが」と笑顔を見せた。


今は、「書きたい」という気持ちが非常に強い。今後に関しては自身にも未確定な部分が多いという。だからこそ、その分からない部分が「不安だけどおもしろい」と感じている。「小説を書くことは絶対続けていきます。諦めません」


《石沢さん経歴》

 1980年生まれ。宮城県出身。本学大学院文学研究科修士課程修了。2021年、『貝に続く場所にて』で第64回群像新人文学賞を受賞しデビュー。同作で第165回芥川賞を受賞した。


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