【インタビュー】ガンと地域と50年 日本雁を保護する会会長 呉地正行さん
https://ton-press.blogspot.com/2022/10/kurechi.html
「地域と一体になって活動してきたから、世界で評価されたのだと思う」
栗原市在住で、日本雁を保護する会会長の呉地正行さんが6月、県内の湿地とそこに繁殖する渡り鳥の保全活動を評価され、ラムサール条約の第8回ラムサール賞ワイズユース部門と第22回山階芳麿賞を受賞した。本学理学部在学中にガンのとりこになり、それから50年近くにわたって精力的に活動を続けている呉地さん。自らの心の声に従うまま、長い道のりを駆け抜けてきた。(深田歩)
大学時代を語る呉地さん。マスクにもTシャツにも、
鳥への愛があふれている=先月8日、栗原市の自宅
運命を変えた出会い
栗原市、登米市、大崎市に位置する伊豆沼・内沼、長沼、蕪栗沼は、古くからガン類の越冬地として知られる。現在では毎年合計で20万羽を超える数が飛来し、毎日日の出とともに一斉に餌場に飛び立っては、日の入りとともに一斉に戻ってくる。その壮大な景色は、「飛び立ち」「塒入り」と名前がつくほどだ。
理学部で物理を専攻していた呉地さんも、その景色に圧倒された一人。「なんかあるんだね、人生の中でそういう出会いが」と振り返る。
「大学2、3年の時だったかなあ。鳥に興味がある友人たちと、伊豆沼に行くことになったんだよね。当時はまだ、地図を頼りになんとか車を運転するような時代。沼にたどり着くのも大変だった」。近くの田んぼで、初めてガンの群れに遭遇した。「数千羽くらいで、今でこそ少ないように感じるけど、当時(1970年ごろ)にしてはとても大きい群れだった」
「壁は乗り越えるもの」
ガンは警戒心が強い。人間が近づくと、地面の落ちもみをついばんでいる群れが一斉に顔を上げ、一瞬の間をおいてから飛び立つ。その野性味に魅了され、調査にのめり込んだ。「今では当たり前に分かっているような、食べ物とか生態とかが、ほとんど分かっていなかった。自分で調べることに、すごくやりがいを感じた」。全国に知り合いを少しずつ増やしながら、国内の分布状況を把握した。
しかし、ガンは渡り鳥。冬を越し、日本を飛び去ってしまった後の経路は、想像するしかなかった。調査は難航したが、なんとかソ連(現ロシア)の研究者と連絡を取り、カムチャツカ半島にあるガンの繁殖地へ。人跡未踏の地だったが、衛星電話を持って乗り込んだ。「次々と課題が見えてきて、やることは果てしがなかった。それでも、大変な思いをしてでもやりたいと思えた。それくらい、ガンって面白い」
「全国で、ガンのいる美しい風景を見られるようにしたい」。調査は次第に、保護活動へと移っていった。主な内容は、狩猟の規制や、生息地の保全。10年単位の時間をかけ、ガン類の飛来数は徐々に増加していった。絶滅寸前と言われ、毎年日本に1羽来るか来ないかだったシジュウカラガンは、2021年には約1万羽まで増加した。
ラムサール賞に3つある部門のうち、呉地さんが受賞したのは「ワイズユース部門(湿地の賢明な利用部門)」。シジュウカラガンの羽数回復に加えて、蕪栗沼と周辺水田で、農地として使わない冬季に水を張る「ふゆみずたんぼ」を実施。ガン類のねぐらを創出し、生物多様性の向上にも貢献した。水田の湿地機能を向上させたことが評価された。
地域住民との交渉に苦労した。収穫後、乾燥中の米を食べてしまうガンは、農家にとっては害鳥。ガンと農業の共生を目指すふゆみずたんぼの実施には反対意見が上がった。呉地さんは、土壌の肥沃化や、ガンが選ぶきれいな田んぼで取れた米の付加価値など、農家側のメリットを強調し、ガンとの共生を粘り強く訴えた。「鳥だけ見ていては、鳥は守れない。鳥とどのように関わっていけば人間が長く恩恵を受けられるか、ガンと人間の双方を考えることで、最終的により良い方向に進める」
行動の指針としてきたのは、「地域の人の疑問や不安に応えきれないようでは駄目」という考え。「一つの地域には一つの未来しかない。みんなで一丸となって進むのが大事」。町全体でガンを守っていく姿勢を徹底した。
ガンと地域の未来つくる
ガンとの運命的な出会いから約50年。長期的な活動をするにあたり、「やりたいと思い続けることが大事」と呉地さんは語る。最初は共感してくれる人がいなかったとしても、大切なのは頑固さだ。「壁があったら立ち止まるのではなく、どう乗り越えるか、いろいろな視点で考える。自分の思いを持ち続けられれば、だんだん道が開けてくる」。ガンの群れは宮城から北へ、一度も休まず海を渡る。進み続ける呉地さんの姿が、ガンと重なった。
[解説]
ラムサール条約湿地保全賞(ラムサール賞)湿地の保全と賢明な利用の促進に貢献した個人、組織、政府を表彰する賞。
山階芳麿賞 鳥学および鳥類の保護に顕著な功績のあった者をたたえる賞。