【書評】『人間をお休みしてヤギになってみた結果』 トーマス・トウェイツ 新潮文庫
https://ton-press.blogspot.com/2019/06/shohyo201906.html
目前の課題、人間関係などに追い詰められ、何もかもを投げ出して現実逃避を行いたくなるという悩みは、全国の大学生の99パーセントが経験済みだろう。だからといってあなたは現実逃避を行ったことがあるだろうか、もしくはどの程度まで現実逃避しただろうか?
本作『人間をお休みしてヤギになってみた結果』では、著者が銀行の口座開設を断られたうえ、彼女からそっぽを向かれた結果、人間特有の悩みから解放されるべく、「人間を一回休む」ことを試みている。そのために著者は人間をやめヤギになるべく、ヤギを解剖して内臓や体を分析・研究する、言語神経を切断しようと脳に何度も刺激を与えるなどの数々の奇行に及ぶ。故に読んでいて著者が何をするか予想がつかず、ページをめくる手が止まらない。
著者トーマス・トウェイツはデザイナーであり、2011年に鉄鉱石やデンプンなどの原材料から鋼鉄やプラスチックを「産業革命以前の手法で」作り上げ、1600円で買えるはずの電気トースターを約15万円で製作したことで知られる。彼はこの過程を前作『ゼロからトースターを作ってみた結果』にて記し、これらの工程から大量生産・大量消費社会について考察をして、現代の文明について疑問を投げかけた。
本作は著者による軽妙なジョークや問題提起を交えつつ、シャーマン、言語神経学者、ヤギ行動学者などとの対話を通じて、打ち立てた問いの答えや新たな疑問を生み出していく、エッセイ風の文章だ。それでいて解剖学、神経学、ヤギ行動学、さらには工学などのさまざまな分野からヤギに近づくべく学問横断的に知識を吸収する著者からは、現実逃避への執念を感じる。これらの学問を統合した結果形成されるトーマス・トウェイツという一匹の「ヤギ」は、読者に感動と衝撃を与えること間違いなしだ。
一旦立ち止まって、現実逃避以外でのこのヤギ化プロジェクトの意義を考えてみよう。さまざまな学問の専門家が著者に協力して造ったはずのヤギは、結局何の意味もなさないものだ。それは現実に我々に何も影響を与えないものでしかないからだ。しかしながら、この学問横断的プロジェクトが科学のあり方であり、読者には娯楽となっている。どうでもいい事柄もいろいろな分野・思考が合わされば、意義はなくとも面白いものへと変わるのである。
この研究で、著者は16年にイグノーベル生物学賞を受賞している。著者が壮大な計画の果てにどのようなヤギになったかは、表紙からある程度推察できるかもしれないが、ぜひ本作を手にとってみてもらいたい。現実逃避のための研究のはずが現実の生態や科学に打ちひしがれた著者が、それでも現実に対し抵抗(妥協)し、ヤギへと変化していく姿には腹がよじれるに違いない。
本作『人間をお休みしてヤギになってみた結果』では、著者が銀行の口座開設を断られたうえ、彼女からそっぽを向かれた結果、人間特有の悩みから解放されるべく、「人間を一回休む」ことを試みている。そのために著者は人間をやめヤギになるべく、ヤギを解剖して内臓や体を分析・研究する、言語神経を切断しようと脳に何度も刺激を与えるなどの数々の奇行に及ぶ。故に読んでいて著者が何をするか予想がつかず、ページをめくる手が止まらない。
著者トーマス・トウェイツはデザイナーであり、2011年に鉄鉱石やデンプンなどの原材料から鋼鉄やプラスチックを「産業革命以前の手法で」作り上げ、1600円で買えるはずの電気トースターを約15万円で製作したことで知られる。彼はこの過程を前作『ゼロからトースターを作ってみた結果』にて記し、これらの工程から大量生産・大量消費社会について考察をして、現代の文明について疑問を投げかけた。
本作は著者による軽妙なジョークや問題提起を交えつつ、シャーマン、言語神経学者、ヤギ行動学者などとの対話を通じて、打ち立てた問いの答えや新たな疑問を生み出していく、エッセイ風の文章だ。それでいて解剖学、神経学、ヤギ行動学、さらには工学などのさまざまな分野からヤギに近づくべく学問横断的に知識を吸収する著者からは、現実逃避への執念を感じる。これらの学問を統合した結果形成されるトーマス・トウェイツという一匹の「ヤギ」は、読者に感動と衝撃を与えること間違いなしだ。
一旦立ち止まって、現実逃避以外でのこのヤギ化プロジェクトの意義を考えてみよう。さまざまな学問の専門家が著者に協力して造ったはずのヤギは、結局何の意味もなさないものだ。それは現実に我々に何も影響を与えないものでしかないからだ。しかしながら、この学問横断的プロジェクトが科学のあり方であり、読者には娯楽となっている。どうでもいい事柄もいろいろな分野・思考が合わされば、意義はなくとも面白いものへと変わるのである。
この研究で、著者は16年にイグノーベル生物学賞を受賞している。著者が壮大な計画の果てにどのようなヤギになったかは、表紙からある程度推察できるかもしれないが、ぜひ本作を手にとってみてもらいたい。現実逃避のための研究のはずが現実の生態や科学に打ちひしがれた著者が、それでも現実に対し抵抗(妥協)し、ヤギへと変化していく姿には腹がよじれるに違いない。