【研究】細胞死を誘導 がん新療法へ アポトーシスの新経路発見
がんは日本人の死因の第一位である。厚生労働省人口動態統計によると、2001年以来、がんによる死亡者は年間30万人を超え続けており、国民の二人に一人が一生のうちに罹患 すると推定される。がんには特効薬がなく、手術、放射線、抗がん剤、免疫療法などを組み合わせるのが現状だ。
本学大学院薬学研究科の松沢厚教授らの研究グループは6月21日、細胞の自然死「アポトーシス」に関して、これまで知られていなかった新しい経路を発見したと発表した。アポトーシスは、体内で古い細胞や異常細胞を排除する仕組みで、がん治療において重要な鍵を握る。
がん治療が難しい理由は大きく三つある。第一に、種類が1千以上と多様で、それぞれに適切な治療法が異なる。第二に、治療中に突然変異が起こり、薬剤が効かなくなる。第三に、がん細胞がもともと正常細胞から生まれるため、両者の区別が難しい。今回の発見は、この三つの壁を突破しうる可能性を示している。
従来の外因性アポトーシスは、 Fas受容体の活性化を起点とする一つの経路しか知られていなかった。具体的には、Fas受容体の刺激により酵素カスパーゼ8が作動し、分子Smacが放出され、最終的にカスパーゼ3が細胞を分解するという流れである=図=。
ところが今回の研究では、別の機能を持つと考えられていたLKB1という分子の断片が、Smacと同様にアポトーシスを抑制するタンパク質(IAP)の働きを阻害することが明らかになった。その結果、LKB1の断片もアポトーシスを活性化させる役割を担えることが示された。
LKB1の断片を利用した経路は、多くのがん細胞に共通して発現するFas受容体を介して作動する。正常な細胞の多くはFasの発現が抑えられているため、がん細胞を選択的に攻撃でき、副作用が少ない可能性がある。また、この経路は介在分子が少なくシンプルなため、突然変異による薬剤耐性が生じにくいと考えられる。現段階では副作用も確認されていない。
松沢教授は「この仕組みを応用すれば、外科手術との併用で効果を高められる」と話す。例えばLKB1の断片を投与(がん細胞に発現)して腫瘍を小さくし、手術で切除する方法が想定されている。新薬の開発から承認までには通常6〜10年を要するが、がんは患者数が多く、承認審査が早まる可能性もあるという。
がん治療の現場では近年、免疫チェックポイント阻害薬など新しい治療法が登場しつつあるが、いずれも効果が限定的で、副作用も課題となっている。今回の発見は、それらに続く新しい柱となり得る。研究グループはさらに別の経路の探索を進めており、今後の成果が注目される。