【研究成果】極薄の細胞移植基材 ~注射での膜組織移植に道~
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本学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の藤枝俊宣助手(現
早稲田大学理工学術院助教、写真左)、カデムホッセイニ主任研究者らのグループは、医学系研究科の阿部俊明教授、工学研究科の梶弘和准教授(写真右)らのグループと共同で、眼の裏側の網膜のような狭い患部に、細胞を大量に効率よく送り届けることができる移植基材(ナノカーペット)を開発した。この成果により、細胞シートを注射器で注入するという、従来よりはるかに簡単な細胞移植の実現が期待されるという。
近年注目が集まっている再生医療は、正常な細胞や組織を体外で培養して患者に再移植する治療法である。iPS細胞の登場で、比較的採取が容易な細胞から目的の細胞を作り移植できるようになると見込まれており、iPS細胞由来の網膜シートを用いた加齢黄斑変性(失明の恐れもある難病)の治療が今年夏頃にも日本で始まる予定となっている。これはiPS細胞の世界初の臨床応用である。
再生医療では、培養した細胞をどうやって移植するかが問題となってきた。これまでは細胞をバラバラの状態で患部に注入する方法や、細胞をシート状に培養したり固めたりしてから移植する方法がとられてきた。しかしバラバラのままでは細胞の定着率が低く、また軟らかく壊れやすい細胞シートを移植するには様々なリスクを伴う大きな切開が必要であった。そのため、傷口をより小さくしながら確実に細胞を移植できる方法が求められてきた。
今回開発された方法は、培養した細胞を厚さ170nmという極めて薄い基材(ナノカーペット)に載せることでシート状に補強し、「空飛ぶ絨毯のように」注射器で患部に送り込むというものだ(1nmは100万分の1mm)。材料にはいわゆる溶ける手術糸と同じ、体内で分解される素材を使っている。注射針が入る程度の小さい切開のみで移植でき、先述した加齢黄斑変性の治療などへの応用が期待されるという。
研究グループは実際に、網膜に存在する色素上皮細胞(RPE細胞)を載せたナノシートを注射器で吸引・射出する実験を行い、組織の形状や細胞の生存率に問題が無いことを確かめた。直径が10分の数mmと、注射針の内径の2倍以上あるナノシートを用いても、細胞の生存率は8割以上だった。加えて、豚の眼球の網膜下にナノカーペットを注射し、元の円盤型に戻ることも確認した。これにより、小さな切り口から大きな細胞シートを安定して移植するという理想が、一歩現実に近づいた。
より大きい組織を移植するための形状や折りたたみ方、注入後の表裏を思い通りにする方法、ナノカーペット自体に薬効などを持たせる改良などが、今後の課題となるという。また実用化に向けて、病気のモデル動物の治療実験を行うことも必要になる。さらに、これだけ大きな組織を網膜下に移植する技術自体が今までになかったため、移植後に組織がどのように振る舞うかなども併せて研究していくという。