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【とんぺー生の夏休み2020】優秀賞『美しさのゆくえ』橋本 京

  学友会報道部は先月23日、「『とんぺー生の夏休み』作文コンクール2020」の選考会を行い、最優秀賞に磯崎良さんの『幽霊の足跡』を選んだ。磯崎さんは昨年に続いて2年連続の受賞となった。優秀賞は橋本京さんの『美しさのゆくえ』。


 『幽霊の足跡』は、主人公が「足跡だけの幽霊」と出会い、互いの人格を再発見するという不思議な体験を描く。最優秀賞に輝いた磯崎さんは「すごくありがたいことだ」と喜びを語った。


 『美しさのゆくえ』は仙台七夕まつりを舞台に、女子大学生の揺れる心境を描いた作品。優秀賞の橋本さんは「(作品を)いろんな人に読んでほしい」とコメントした。


 昨年に続いて2回目の実施となった本コンクール。今年は小説・エッセイ部門のみを設け、「夏」をテーマに、先月20日まで作品を募集した。選考会は部員9人が参加し、作品の感想を出し合いながら進めた。作者の名前は伏せたまま選考した。


 副賞として磯崎さんに図書カード5千円分、橋本さんに同2千円分が贈られる。応募総数は賞に選ばれた2点だった。作品を応募してくれた2人に御礼申し上げる。


◇ ◇ ◇


優秀賞作品 『美しさのゆくえ』橋本 京

 耳に質量。はじめて仙台で迎える19回目の夏は、緑が濃くて街はさかりで、見えるものすべて熱に浮かされた様子。きのうまでの世界もこんな感じだったかしら、などと蝉だの店頭バーゲンセール中のサンダルだのの瑞々しさに目を細めるふりをしながら、いっとう浮かれているわたし自身から目を背けつつ日陰を歩く。少しでも気を抜くと、外側も内側もきのうまでのわたしと微妙に違うきょうのわたしが意識されて、ますます体は火照ってゆくよう。

 約束の時間より23分も早く着いてしまった。指定された量販店の前は日光が直射してかなわなかったので、向かいの花屋の前に移動する。誘ってきたのは彼の方だった。「もしも、もしも厭じゃなかったら」夏休みまえ最後の授業が終わったところで、教室を出てゆくわたしに声を掛けてきてくれたのだった。「七夕まつり、どこの日かいちにち、七夕まつり行きませんか?」

 わたしは男の人のあんなにうわずった声を、はじめて聞いた。「ふたりきりで?」と意地悪な質問をしてみるのも憚られるほどで、わたしはうんいいよ、とつとめてやさしく答えたのだった。それにしても七夕まつりだなんて、ちょっと素敵じゃない? 映画館に行ったら映画を観ないといけないしカラオケに行ったら歌わないといけないけれど、七夕まつりっていうのが。なんか仙台ならでは、って感じもするし、それに織姫と彦星。

 わたしはそこまで思って、小さく声を出して笑ってしまった。いつからこんな、詩人みたいなことを考えるようになったのか。前を通り過ぎた部活帰りらしい女子高校生の一瞥を受けて、その焼けた顔を見たときに恥ずかしさと懐かしさがやってきた。意味もなく腕時計を確認して、佇まいを直して、みじかく深呼吸をした。


 花屋の前に立っていた人、何歳くらいだろうか。肌もきれいで髪もきれいで、小柄だけど背筋がすっとしていて、ああいう人とわたしとが、齢もそんなに変わらない同じ女性だっていうことを思うと、ときどき不思議な気持ちになる。例えばあの涼しげな耳飾り。わたしはおしゃれなんて全然わからないし、まだ17歳だし耳飾りなんてしたこともないし別にまだしたくもないけれど、でもああいう、何かひとつ目を惹くものが体に付いているというのは、なんだか羨ましい感じ。あの耳飾りは彼女の顔の脇でひっそりと、彼女の恋人、本当は恋人なんているかどうか分からないけどそういう大切な人の気づかないところで、彼女自身の魅力をすっと際立たせるのだと思う。そういういじらしくて健気なところが、いいな、とわたしは思う。

 信号にひっかかって足を止める。向かい側にはハーフパンツをはいた茶髪のお兄さんが立っている。夏休みのはじめに同じソフトボール部のなおちゃんがほんの少し髪を茶色に染めてきて、顧問の先生には気づかれなかったみたいだけれど、その髪の色はみんなの中で浮いていた。わたしはなんで茶色、と髪を染めた女子を見るといつも思う。茶色って、枯葉とか砂漠とか、そういう哀しさを想起させる色じゃない? 生まれつき茶髪の人には失礼だけど。でもたぶん大切なのはそういうことじゃなくて、茶髪がなおちゃんの印象を微かに違うものにしたことだとか、なによりなおちゃん自身がとても気に入っていることだとか、きっとそういうことなのだ。そういえば花屋の前にいた女性の耳飾りは何色だっただろうか。信号の色が変わって、歩きだす。首の曲線や頬の質感は思い出せるのに、あんなに目を惹いた耳飾りの色が、もう思い出せない。


 生まれてはじめて、耳飾りを付けて人に会う。3日前お店で40分たっぷり悩んで選んだ、緑色の耳飾りだ。ほんの数か月前までわたしは高校生で、化粧とかは学校では禁止されていたしあまりしたこともなくて、同い年の人はわたしと横並びでそういう人生を送っているはずなのに、キャンパスで会う友達のメイクやファッションの手練れた感じといったら一体どういうことなのか。みんな高校生のころから休日にはお洒落に力を入れていたのか、それとも卒業してから雑誌やユーチューブで勉強したのか。おそらくその両方。ではわたしは? 見渡せばそこここに同年代の女性が、そしてその多くは恋人や友人と楽しそうに、歩いていた。わたしは胸に立ちこめる黒いものに、ぐっと唇に力を入れて抗い、目を店頭のカラフルな花々に移した。

 耳飾りは、ハンドメイドの服飾品を扱う小さなお店で買ったのだった。店内にある耳飾りは、ぜんぶがきれいだった。色を比べて形を比べて、重さ、値段、石が付いたものはその種類、ガラスや金属の小さな細工、をぜんぶ見て、吟味すれば吟味するほど、どれを選べばいいのか分からなくなった。そもそもわたしは服や靴を選ぶのが苦手なのだ。店員さんに、こいつセンス無いなと思われるのではないか、反対にこの自信作がこんな小娘に買われていくなんて残念だと思われるのではないか、この日はひときわ気になってしまった。わたしは耳飾り売り場の前を何回も何回も往復して、そうしてこの耳飾りを選んだのだった。これがいちばん素敵だと見定めたというより、いまわたしはこれを買うべきだと、そう感じたのだ。小さめの石の深い緑はお気に入りの若竹色のスカートによく合うと思ったし、黄味がかった緑のタッセルも気に入った。タッセルが、七夕の折にこの耳飾りを買ったのだという、しるしになってくれる気がした。わたしは細い声で「この耳飾りをお願いします」と女性の店員さんに言った。


 ずいぶんと長いあいだ店内にいた穏やかそうな若い女性が、耳飾りをひとつ、買っていった。3か月ほど前の新緑の季節に作ったものだ。作っているときというのは、オーダーメイドの場合を除いて、当然誰が付けることになるのか分からないまま完成させる。白いワンピースが似合うゆるふわな感じの女性が付けるかもしれないし、真っ赤なルージュが映える姉御肌の女性が付けるかもしれない。でも、そんなことはわたしにとって、どうでもいいことだ。大切なのは、作品そのものが、どれだけ美しいかということ。

 あの耳飾りは自信作だった。石やビーズを仕入れている店が孔雀石を取り扱いはじめたと言ったから、早速仕入れて新作を作ったのだった。石は既に丸く加工された状態のものを手に入れるのだが、金具やその他の装飾についてはわたしの腕が試されることになる。今回は石に直接針金を通すのではなく、円形の金枠に石をはめ込むことにした。金枠には、細めで派手な細工のない、銀色のものを選んだ。タッセルも付けた。蛇足だとも思ったが、もうひとつささやかな華やかさを添えてみたいと思ったのだ。使用する紐の色を選ぶにはじまり、量や長さを慎重に調節した。そうして完成させた作品というのは、ほんとうに愛おしい。石がもつ温かさ、銀がはなつ鈍い光、タッセルをゆらす重力が、ほれぼれするほど完璧に調和していた。うっかり夫に見せると「あれみたいだね、江戸時代の火消が持ってるしゃらしゃらしたやつ」と言った。しかしそんなことは取るに足らないことだ。この耳飾りが、こんなにも美しいのだから。


 耳を触る。約束の時間まであと15分になった。なんとなく、彼はもうすぐ来る気がする。彼のことをよく知っているわけではないし、言葉さえ数回しか交わしたことがないけど、そんな気がする。彼はきょうのわたしを見て、例えばこの耳飾りを見て、なんて言うだろうか。もしかしたら何も気づいてくれないかもしれないし、気づいても何も言ってくれないかもしれない。でももしかしたら、「きれいだね」っていうセリフくらいは練習してきてくれているかもしれない。でも。

 もしかしたら、絶対にありえないと思うけど、約束の時間になっても彼は現れないのかもしれない。ほんとうは約束なんて、無かったのかもしれない。そうしたらわたしは。この髪は、この靴は、この耳飾りは。……なんて、馬鹿みたい。勝手に早く来て、ぐるぐるぐるぐるいろんなことを考えて、なんでだろう。これはぜんぶぜんぶ、わたしのことなのに。わたしは耳に感じる慣れない重さを確認するように、頭を小さく振った。街じゅうの誰も見ていないところで、耳飾りが不規則にゆれた。


 汗びっしょりになりながら走ってきたが、約束の時間に2分遅れてしまった。彼女の姿はなくて、彼女も遅れているんだと思い胸を撫でおろしたのは30分前のこと。ぼくはずっと炎天下に立ち尽くしたまま、向かいの花屋の鮮やかすぎる花々を眺めている。昨晩は上気してしまってぜんぜん眠れなくてそれで。例えいま彼女がひょっこり現れても、そんなつまらないことは言わないけれど。

 よっぽど、学部のライングループから彼女のアカウントを追加して連絡しようかと思った。1分おきにスマートフォンに手を掛けては、しかしその度に情けなくなって何もできずにいた。そうしてポケットに手を入れたり出したりしているあいだにラインの受信音が鳴って、自分でも信じられないくらいの速さでスマートフォンを取り出して確認したらばそれは企業の公式アカウントからの広告だった。向かいの花屋に目を戻すと、目を離した瞬間に何かが変わっているわけもなし。花々は当然のようにはつらつと咲いていて、なぜか一瞬よぎった安心を合図に、ぼくは静かに待ち合わせ場所をあとにした。


◇ ◇ ◇


優秀賞受賞者・橋本 京 さんコメント

 受賞したこと、なによりこうして作品が発表されて広く読まれること、とてもうれしく思います。こぢんまりとしたお話ですが、夏の感じ、仙台の感じ、女性の感じ、男性の感じ、移ろう感じ、伝う感じ、すれ違う感じ、ゆれる感じ、そんなものやそんなものにはじまるあれこれが少しでも皆さんの胸を掠(かす)めていたとしたら、もうひとつうれしいです。いろんな人に読んでもらいたいです。


 作品のことを少し。一度このお話を書き終えたとき、最後の男性によって語られる部分はありませんでした。付け足してしまったことで作品の奥行きは失われたようにも思いますが、付け足したことで主人公の女性が僕(作中の「ぼく」ではなく作者)の思い描く「女性像」を抜け出し、自らの足で仙台の街に歩き出してくれたようにも思います。いや、そうでもないのかな、分からない。だから、いろんな人に読んでもらいたいです。

寄稿 1788722791093588716

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