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【インタビュー】ドレスデン展開催中 宮城県美術館学芸員 小檜山祐幹さん

 仙台市青葉区の宮城県美術館で、特別展「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」が先月8日から開催されている。



 修復されたばかりの傑作、ヨハネス・フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」をはじめ、オランダ絵画の黄金時代である17世紀の作品から、珠玉の名作を約70点展示。展示の見どころや、学芸員としての業務内容について、同館学芸員の小檜山祐幹こびやまゆうきさんに聞いた。

(聞き手は恵利一花)




宮城県美術館学芸員の小檜山祐幹さん




―展示に関して、どのような業務を行ったか


 企画全体に関わる仕事としては、まず図録の作成が挙げられます。ドイツ語や英語で書かれた原稿を日本語に翻訳したほか、全体の校正や編集などを分担して行いました。



 あとは、宮城県美術館での現場の担当者としての業務になりますが、ポスターやチラシ、看板などの作成手配の他、作品の配置プランの作成なども、早い時期から始めました。全体の構成を意識しながら、どこにどの作品を展示するのかを、実際に館内の図面を描きながら決める作業です。その後、作品が届いたら、一つずつ開梱かいこんして状態に問題が無いかを確認し、実際に展示に取りかかる、という流れになります。



本展示の目玉であるフェルメールの「窓辺で手紙を読む女」を箱から出した時には、鮮やかな色彩が真っ先に目に飛び込んできました。


 


ヨハネス・フェルメール
《窓辺で手紙を読む女》(修復前)

1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館
© Gemäldegalerie Alte Meister,
Staatliche Kunstsammlungen Dresden,
 Photo by Herbert Boswank (2015)



ヨハネス・フェルメール
《窓辺で手紙を読む女》(修復後)

1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館
© Gemäldegalerie Alte Meister,
Staatliche Kunstsammlungen Dresden,
Photo by Wolfgang Kreische




―「窓辺で手紙を読む女」の魅力とは


 フェルメール初期の傑作として、元々評価の高い作品でしたが、近年ひときわ注目を集めているのは、絵の内容自体が変化するような、他に類を見ない大規模な修復が施されたためです。



 実は、絵の中の壁面に、塗りつぶされた画中画が存在していることは、1979年のX線調査によって明らかになっていました。しかし、長年フェルメール自身が、構図を練る中で消したものだろうと考えられていたんですね。



 ところが近年の調査により、画家の死後に、まったくの他人によって塗りつぶされていたことが判明しました。上塗りの絵の具層だけ、溶剤に対する反応が違っていたことや、下の層との隙間にほこりがたまっていたこと、そして下の層が長年空気にさらされたことによるひび割れを起こしていたことなど、画中画は描かれてからかなり長い時間が経過した後に塗りつぶされたのだとする証拠が多数出てきたためです。



 フェルメール自身が塗った層までを溶かしてしまわないために、化学薬品は使わず、細かいメスのような器具で絵の具を薄く削り取っていくという気の遠くなるような方法で修復が行われました。長年にわたる修復の様子をご覧になれる映像展示も行っています。どれほどの集中力を要する作業かを感じていただける内容となっています。



 画中画に「キューピッド」が描かれていたことによって、女性が読んでいる手紙が「恋」に関するものであるという示唆が強くなっています。それに加え、壁の空白が無くなったことで、唯一の「抜け」となった窓の外へと、意識が向かうようになりました。もしかすると絵の中の女性も、手紙の送り主のいる「窓の外」に思いをはせているのかもしれません。




―誰が、何のために画中画を塗りつぶしたのか


いったい誰が、何のためにそのようなことをしたのかは、残念ながら分かっていません。しかし、興味深い事実が一つ明らかになっています。



フェルメールは今でこそ評価されていますが、死後しばらくは、彼の名はあまり顧みられませんでした。そのため、かなり長い間「窓辺で手紙を読む女」は、レンブラント・ファン・レインなど、他の著名な画家が描いたものとして紹介されていたのです。そのため、もしかすると「レンブラントらしさ」を増すために、画中画は消されたのかもしれないと考える人もいます。

 


レンブラント・ファン・レイン
《若きサスキアの肖像》

1633年 ドレスデン国立古典絵画館
© Gemäldegalerie Alte Meister,
Staatliche Kunstsammlungen Dresden,
Photo by Elke Estel/Hans-Peter Klut



―17世紀オランダ絵画の特徴とは


 1609年に実質的にスペインから独立し、急速に発展を遂げたオランダにとって、17世紀はまさに国家としての黄金時代。そんな輝かしい時代を作り上げたのは、王族などの特権階級ではなく、世界中を相手にした貿易により富を蓄えた、市民階級の人々でした。



 絵画を注文するのもほとんどが市民層であり、宗教画など高尚だとされていたジャンルよりも、人々の生活に即した作品が求められるようになりました。そのため、庶民の日常生活を描いた風俗画や、肖像画、予備的な知識を必要としない風景画などが人気に。家の壁にちょうどいいサイズの絵が多く描かれ、市民の日常を飾りました。フェルメールもまた、そんな活気あふれる文化の中で、画家として活躍した一人です。




―「窓辺で手紙を読む女」も時代の影響を受けているのか


女性が自室で手紙を読む様子を描いた同作は、当時人気だった風俗画に分類されます。そして、手前に印象的に描かれているカーテン。よく見ると、上の方に、カーテンレールまで描かれています。これは壁の絵にカーテンをかけておく習慣から生まれた「だまし絵」の手法であり、17世紀オランダではこのような作例がありました。絵の中のカーテンをまるで現実のもののように描きながら、構図としては窓の外から他人の部屋をのぞいているような気分にさせられる仕組みで、画家の遊び心が感じられます。



 また、窓から差し込む光を印象的に利用した「空間」の描写や、繊細な素材感の表現、画中画のキューピッドによって絵に意味を付与する「寓意性」ぐういせいなども、オランダ絵画を特徴づける表現と言えるでしょう。



 このようにフェルメールの絵の中にも、この時代のオランダ絵画のエッセンスがちりばめられており、今回展示されている他の作品と共に見ることで、さまざまな共通点や、当時のオランダの空気感が濃密に感じられるのではないかと思います。孤高の天才のように語られることの多いフェルメールも、17世紀のオランダにおいて、いろいろなものに影響を受けながら絵を描いた一人の画家であったことを実感していただきたいです。




―今回、印象に残っている業務は


 一番印象に残っているのは、修復の専門家の方や、作品の所蔵館であるドレスデン国立古典絵画館の学芸員の方にも来ていただいて、実際に絵を展示していった現場です。実は、先ほど言っていたように事前に展示プランを組んでいたのですが、実際に出来上がった展示形態は、当初のプランとはかなり異なるものになりました。オランダ美術の専門家であるドレスデンの学芸員の方とディスカッションをしながら、その場で絵の配置を決めていくという作業は非常に楽しく、勉強にもなりました。




―美術館で働く喜びとは


 美術館は社会教育施設でもあります。どんな教育に役立つのか、日々考えながら仕事をしていますが、今は「言葉の力を育む」ことが役割の一つではないかと思っています。

感じたことを言葉にするのは難しいものですし、言葉では表現しきれないこともたくさんあります。しかしそれを他の人と共有するためには、言葉にせざるを得ないですよね。日常にはない感覚を体感できる美術館は、それを言葉にする訓練ができる場でもあると考えています。



「この作品を見て何かを感じたけれど、感情の正体が分からない。言葉にならない感情を、でも何とか言葉にしてみよう」。そうすることで、美術館では、美術に限らない一般的な感受性や、コミュニケーション能力を育むこともできるのではないでしょうか。



 時に言葉の力も借りながら、言葉にし難い「芸術」というものを楽しめる場を用意するのが、私たち学芸員の仕事の一つだと思います。困難に感じることも多いですが、やりがいのある部分でもあります。




―学芸員として働く中で心がけていることは


例えば、美術館で並んだ絵を見ているとき、1枚の絵を見終えて、次の作品へと目線を移すタイミングは、人それぞれだと思います。私はその作品を見て感じたことが、頭の中で何かしらかの言葉になって初めて、その作品を「観た」ということにしています。作品解説を書く時も、こうして見ることから生まれてくる言葉は大切にしています。



優れた作品の魅力は、言葉がなくても伝わると思います。それでもなぜ「言葉」にこだわるのかというと、僕自身が、魅力にたどり着けず、ヒントも得られないままに鑑賞を終えてしまった時に、疎外感を感じることがしばしばあるからです。このような体験ばかりだと、美術館を嫌いになってしまう人もいるのではないかと思います。



だから、必ずしも「正解」とは限らないけれど、こういう見方やこういった楽しみ方もありますよ、という一つの切り口を言葉にして共有することで、美術館を楽しい思い出にしていただけるよう心がけています。




―今後、積極的にやっていきたい取り組みは


 個人的にはやはり、宮城県美術館ならではの魅力であるコレクションの数々を、多くの人に見てもらいたいと思っています。例えば今は、ドレスデン展の開催に際して、同じくドレスデンの地で生まれた芸術家グループ「ブリュッケ」の画家たちの作品や活動を紹介する特集を行っています。ドレスデンから来てくださった学芸員の方も喜んでくださいました。わざわざ宮城県美術館に足を運んでいただくためには、やはり、ここでしか見られないものを強みにし、魅力にしていく必要性があると思っています。




―最後に


修復後の本作が一般公開されるのは、所蔵館以外では、日本での展示が世界初。また、フェルメールの作品が宮城県で見られるのは、実に11年ぶりです。現存するフェルメール作品は非常に少なく、こういった世界でも貴重な作品が、日本、それも仙台という街で見られる機会は、滅多にありません。



 私は仙台出身なのですが、中学生の時に一度だけ、仙台でルノワール作品が見られる機会があったんです。すごく楽しみにして美術館に向かった、あの時の気持ちは忘れないようにしたいと思っています。



 あの日の私のような子どもたちや、気軽に遠くまで行けない方々が、子の町で質の高い芸術に触れる機会を作ることが私たち美術館職員の使命でもある。だから、今回このような展覧会を宮城県で開くことが出来て、本当に良かったと思っています。



◇   ◇   ◇

特別展は今月27日まで。一般1600円、学生1400円、小・中・高校生は800円。本学の学生は、学生証を提示すれば700円で観ることができる。

 



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