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【特集・戦争と大學 第2回】科学を継承せよ 学問の空白生じる危機

  約80年前の「戦争」と、教育研究機関たる「大学」の姿を見つめる連載「戦争と大學」第2回(全3回)。今月8日には日本軍の真珠湾攻撃から82年が経過する。肥大する現代の戦争や紛争、制限が外付けされていく学問の自由、そしてそれらへの浅薄な実感。昨今の諸問題に切り込む糸口にもなり得る両者の過去を、私たちが当事者として知るために、学術の観点から探っていく。      (小平柊一朗・杉山鷹志)



 太平洋戦争末期、かつての東北帝国大学の学生も対象となった1943年の学徒出陣から1年、大学における研究や教育は、戦局の悪化に伴い戦時への火急の対応を次々に迫られてゆく。当時、東北帝大総長を務めた熊谷岱蔵はそのさなかで、学内の教授・助教授らにアンケートを実施し直接意見を求めた。質問項目は幅広く①勤労動員下の大学教育のあり方②学術・研究面の問題点③その他、大学運営や体制のあり方―だったとされる。大学教員で研究者として銃後に立った人々は、戦時下の非常事態に学問をどう考えたのか。その記録が本学史料館に所蔵されている。



【注】史料や『東北大学百年史 第9巻』から引用した文章は、必要に応じて常用漢字、ひらがなに改め、句読点を付した。



◇  ◇  ◇


学部教授の回答。
「大学の学生を特別学生と臨時学生の二種となすべし」


◎法文学部教授1

学徒勤労動員は大東亜戦争の決戦・決勝期に於ける非常措置であって、教育の平常的態勢ではない。(中略)これが教育の常道であるやうに唱へるのも行き過ぎである。



◎工学部教授

今次の聖戦により、大学の持つ研究力が最も優れたものであり、大学の持つ教育力が最大の戦力であることが明かとなった。その主因は各教師が教育しつつ研究を行ひつつあったためと思はれる。(中略)研究者は学生を教育しつつある間に、自らも亦教育されてゐる。従って寧ろ教育を伴はぬ研究は伸展性がない。



 前者は教育の方法と勤労動員とを状況に適応して考えるよう説いている。後者は立場こそ異なるものの、教育の重要性を語っている。現在では「教育研究」と呼ばれる大学の概念は、当時は「研究教育」と呼ばれていた。それだけ研究の比重が大きかったのだろうが、教育の重視には「教育が研究のためにも機能する」との認識が寄与したものと思われる。加藤准教授によると、ほとんどの教授陣は、東北帝大生が動員され学問から離れることを危惧していた。戦況を鑑み短期的な策としては仕方のないことだと苦悩しつつも、学生は学問をしたほうが将来の日本の国力になると考えていたようだ。次の法文学部教授は、勤労動員による教育は不可能であると、実際の工場における作業の様子を例に挙げた後、以下のように述べている。



◎法文学部教授2

学問は専門化するとともに普遍化する能力を養成するのが本義です。(中略)勿論法文関係の学問は、とかく理論的、抽象的で、浮動性が多い。技術の錬磨は、誤魔化しを許さないアクテュアルなものへの感覚を養成します。その点で利益があるとも言へますが、得る所と失ふ所とを比べれば、後者が遥に多いのです。



 勤労動員に教育的な意義を見出すことには理解を示しているものの、勤労をそのまま教育として機能させる方針については明確に批判した。続けて学術・研究面に関しては、戦争は学術で競うものであるとしたうえでこうつづった。



今日の情勢がさういふ事を許さないらしいから致方がないが、大学の学生には労働をさせないで、学問をさせたい。(中略)学問を育てるには忍耐と持続と分別と愛とが必要です。一日疎かにすれば、どうかすると、一年の損を惹き起します。(中略)この先き、五年、十年と、日本の学問に大きな空白が出来る事を想像すると、怖しい気がします。



回答は部署ごとに保存されている



 学生が一時的でも学問から離れることが、将来的に学問に与える影響を憂いている様子が伝わる。このような議論は法文学部の教授陣に多く、理系の研究者には、やむを得ず勤労を認める論調の記録が少なくなかった。加藤准教授は「文系のほうが理系よりも研究成果が出るまでに長い時間を要するからか、文系研究者のほうが、戦後の将来を見据えた視座を有していたのでは」と分析する。



 一方で、教育や研究に関して現実的な次善策を講じようとする意見も見られる。ある医学部教授は、学生を役割の異なる「特別学生」と「臨時学生」に分けることを提案した。特別学生は「科学の継承者を育成する」ことを目的に、臨時学生は「火急なる現在の要請に応ずる」ことを目的に定められた。人数比は後者に大きく偏るものとしたが、明確に区別をしてでも次代に絶やさず「科学を継承」せねばならないと、強い危機感を抱いていたことがうかがえる。



 同様の観点で、戦時下に緊要な研究は「量」に、将来を見通した研究は「質」に重点を置くべきだといった意見は他に理学部教授にもみられた。この医学部教授は、研究と科学動員に関しても不満と要望を述べている。



◎医学部教授

国が(軍官民なる言葉を用ゐず)科学者に期待する所、科学者の力に依って解決せんと欲する所を、明確に、具体的に、詳細に、良心的に、科学者に提示する事。(中略)科学者の挙止は名によらず、利に発せず。呼びかけに此の誠意なくば、科学者の協力を得難きは明なり。



 加藤准教授によると、国の方針について正義感を持って意見するような研究者は、この時点ですでに大学を追われていたという。学問への真摯な姿勢に基づく本音を心の中にとどめて現況を受け入れ、学問のために、ひいては国のために、今まさに何ができるかを考えるような発想を持つ人々が残った。しかしそうした環境ですくい上げられたこれらの率直な意見すら、大学の運営に取り入れられた形跡は全く存在していない。







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