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【とんぺー生の夏休み2022】小説部門 最優秀賞 『石刃にまつわるいくつかの反論』得明希望

 今年で第4回となった報道部による作文コンクール「とんぺー生の夏休み2022」(実行委員会主催)は、エッセイ部門の最優秀賞に日野原やえさんの『スカートをはかない女』を、小説部門の最優秀賞に得明希望さんの『石刃にまつわるいくつかの反論』を、それぞれ選出した。名前はいずれもペンネーム。小説部門の最優秀賞の作品全文を掲載する。


【とんぺー生の夏休み2022】エッセイ部門 最優秀賞『スカートをはかない女』日野原やえ



小説部門 最優秀賞『石刃にまつわるいくつかの反論』得明希望


 「はいじゃあ説明始めます。これから皆さんが入る調査区ですが、昨日までに2a層上面まで出しました。やったよね? 2a層。今から約千二百年前の、平安時代の層です。ここで今調査区の真ん中に、四角く区切ってるとこありますけど、ここだけ土の色が黒っぽくなってるの見えますか? ここは平安時代の集落の、建物跡の一つだろうということで、うちのゼミの子たちと陸奥大の子たちで精査に入ったところです。この建物跡は……」


 東谷先生は二十名程の実習受講生へ声を張り上げている。我々にとっては一昨日からやっていた作業の説明なので、真面目に聞くか迷っていたが、隣の江橋を見ると野帳に調査区の見取り図を書いていたので俺もそれに倣った。杉松は落ち着き無く足踏みしている。早く遺構精査に戻りたいらしい。


 なぜ仙台のキャンパスに通っているはずの陸奥大生たちが、月曜の午前中から作業着に軍手で秋田の野っ原に立っているのか。大抵の人は学業のフィールドワークか、なにがしかのアルバイトかのどちらかだと考えるだろう。両方正解である。うちのOBで、大仙市の私立大学で教授を務めている東谷先生は、毎年「地域研究実習」の講義で仙北市石神No.11遺跡の調査を実施している。その際先生のゼミ生と共に発掘初体験の受講生をカバーするため、作業員として我々考古学研究室の学生に声がかかるのだ。院生を中心に参加者数人が先方と雇用契約を結び、作業で稼いだ賃金を交通費、食費、宿泊費に充てるという一種のワーキングホリデーなので、講義の融通が利く者は大体参加する。暦の上では夏だが、仙台より向こうが大分過ごしやすいのもいい。俺も去年に続き二度目の参加である。


 調査区とグリッドを野帳に書き切ったが、先生はまだ話の途中だった。

「……皆さんにはこの、平安の遺構が出ていないところをどんどん下に掘り進めてもらいます。2b層まで掘り切ったら土の色が変わってくるので、4a層が出てくるところまでいきます。そうすると、いよいよ旧石器の層が見えてくるわけです。それじゃあ足下に気をつけて、全員調査区に入って下さい。陸奥大の皆さん角スコお願い。掘り方の説明始めます」

「はい」ぱらぱらと何名かが返事をして、角スコップを手に取り調査区に降りていく。受講生へのサポートは疎かにできないし、考古に興味を持つきっかけになるかも知れないと考えれば大事な仕事だ。前を行く杉松が頭を左右に振り、首の骨を鳴らした。


 近場にスキー場、温泉、田沢湖と観光地が揃っていることもあり、石神遺跡の周りは宿が多い。このペンションも先生が毎年お世話になっているところで、学生向けに宿代を少しまけてくれたり、毎日マイクロバスで大勢の人員を遺跡に送迎してくれたりする有難い存在だ。

「いやあ、やっぱ最高! 食事はうまいし、風呂も広いし、仙台にいるよりよっぽどQOL高いわこれ」


 風呂上がりの杉松は肩にバスタオルを掛けたまま、缶ビールを開けてへらへら笑っている。

「そりゃ一人暮らしよりは楽でしょ。てか髪乾かしてきたら? ほっとくと雑菌が湧いて臭うよ?」

「あー了解。その缶俺んだから残しといて」


 江橋はだらけきった彼に若干顔をしかめたが、本人は何食わぬ顔で中座した。俺も缶チューハイをすする。


 一日の発掘が終わり、宿の空き部屋に暇な面々が集まって飲み会をしているところである。一つだけある机に適当に酒とおつまみが並べられていて、その周りを参加者が取り囲む形だ。陸奥大の学生はほとんどやってきていて、そこに東谷先生に連れられたゼミ生・受講生が何人か同席していた。ここにいない学生たちも別に飲みの席を設けたり、部屋でくつろいだりしている。


 先生はうちの院生を中心に、最近の東北の考古学界について話し込んでいたが、受講生や俺たち学部生の話題は今日の成果に移っていた。きっかけは、早くも酔いが回ったのか江橋にもたれかかっている瀬戸のスマホだった。

「ねえねえ麻実ちゃん。今日の写真見る?」そう言いながら彼女は江橋の返事を待たずにスマホを起動させ、アルバムを開いた。「休憩中とかにちょこちょこ遺跡撮ってたんだ」

「へえ、俺にも見せてよ」


 俺が近づくと、瀬戸は「みんなで見よう」と言って、近くの受講生たちにも声をかけた。最初は他大で年上の俺たちに気兼ねがあるのか、借りてきた猫のようだった彼らも、酒席では随分接しやすくなった。


 瀬戸は畳の上にスマホを置き、画面を明るくしてスクロールし始めた。まず建物跡の写真が続く。掘り方を受講生に説明した後、俺たちは遺構精査に戻っていた。四角い建物跡の中に、土を掘らないベルトと呼ばれる部分を十字に残し、「田」の字型に四つの区画に分かれて掘る。全て掘らないのは、遺構内の土の堆積をベルトの断面で把握するためである。平坦に掘り下げるように両刃鎌で薄く土を剥いでいき、柱穴やカマドなどの痕跡の有無にも気を遣う慎重な作業だ。まだ建物の性格は推測できないが、一日の成果としては、大まかなカマドの位置が決まり、土師器の破片がまとまった数出土したことが挙げられる。瀬戸の写真もそうした遺物が中心だった。

「これだけ破片が上がってるし、生活面までたどり着いたら完形の器も出てくるかも。楽しみだね」江橋が解説めいたコメントをする。俺も同意見だった。

「あの、私たちが掘ってたとこの写真ってありますか?」


 切り出したのはジャージ姿の女子受講生だった。確かに、ここまで彼女らが掘っていた範囲の写真は無い。

「んー、実習のみんなが掘ってたとこってまだ掘り下げ途中だし、遺物とか遺構とかが出ないとそんなに撮らなかったから……あ、これとかすごかったよね」


 瀬戸がスクロールの指を止めたのは、出土状況のまま土の上に横たわっている、ベージュ色をした大ぶりの石器の写真だった。スケールとして根切り鋏が添えられている。

「あ、藤山さんが見つけたやつ。東谷先生なんてったっけ……」

「石刃だねー」

「あ、そうそう、それっす」


 瀬戸の助け船に、明るい茶髪の男子受講生が応じた。特に誰も名乗り出ないのを見るに、掘り出した藤山氏は不在らしい。


 受講生の受け持ちから石刃が出土したのは、一日の作業終了約十分前だった。何かの欠片かなという感じの剥片も二、三点見つかっていたが、それらと違い鋭い縁が長く伸びた、正に石でできた刃物のような形をしている。石材は珪質頁岩。母岩の頭部を打撃して、上から下まで皮を剥くように剥がした石器で、ここから更に加工を施して様々な道具に使われた。と、先生が後で説明していた。後世の攪乱で上の地層に浮き上がっていたが、旧石器の遺物である。

「いやあ、いいよねーこういう遺物。もう一回見てみたいな」瀬戸がレモンサワーを手にしみじみと呟く。


 もっと掘ればいいものが出てくるかもよ。と言おうとした俺を遮るように、上機嫌な声が割って入った。

「ただいま戻りましたー! 先生、遺物係の人来てますよー」


 髪をすっかり乾かした杉松だった。部屋に大声で所在を告げられると思っていなかったのか、後ろの遺物係の女子受講生は周囲を見回し縮こまっている。

「上尾くん、遺物係って?」江橋が俺に尋ねる。

「今日出た遺物を全部集めて、内容を点検するんだろ。俺も去年酒田の調査で手伝った」

「え、ちょうどいいじゃん。石刃今見せてもらおうよ」瀬戸はレモンサワーを飲み干すと、遺物係氏の元に寄っていった。


 先生はどこからか新聞紙を持ってきて畳の上に敷き、遺物係氏に「ここ並べてちょうだい」と指示を出す。遺物は出土したグリッドや遺構ごとにチャック付きのポリ袋でまとめられるが、浮いた遺物でも状態が良いのは間違いないということで、あの石刃だけは、撤収作業と並行で座標を測量して取り上げた。一つだけ別の袋に分けられているか、その状態で他の剥片と同じ袋に入っているはずだが……

「あれ、無くない?」瀬戸が疑念の声を上げた。


 確かに石刃が無い。他の剥片の袋にも入っていない。


 結果として、大事になる前に石刃の小袋は見つかった。ただし、なぜか建物跡の遺物の袋からである。

「ああびっくりした。誰だ? こんなところに入れたやつ。コンタミじゃねえか」先生は悪態をつきつつもほっとした顔をしている。遺物の紛失という最悪の事態は回避したが、袋を一つ一つ開けて石刃を探すうちは気が気でなかった。

「ええと、遺物を集めたのは係の人たちだけじゃなくて、他の手の空いている人たちにも手伝ってもらってて……」遺物係氏は申し訳なさそうだ。

「あ、でも僕見ましたよ」手を挙げたのは先ほどの茶髪氏だった。「石刃回収したの藤山さんすよ。自分で出した遺物だからやりたいって」

「そうだ、多分その子に対応したの僕です」先生の隣で日本酒を開けていた院生の富山さんが、茶髪氏に倣うように挙手した。

「おめえなんて言った」

「『この石刃どうすればいいですか』って聞かれたんで、『旧石器の袋に一緒に入れて』って言いましたよ。てかその藤山さんはどこですか」

「藤山って確か宿泊組じゃなかったよな?」先生は茶髪氏に聞く。

「はい。あの人家が角館だから、実習中も電車通いっすよ。電話しますか?」

「いや、さすがにそこまでは」

「あ、先生すみませーん。今藤山にかけちゃいましたー」話に割り込んできたのはTシャツ姿の女子受講生だった。「……そうなんよー。あんたが見つけた石刃? 間違った袋に入ってたみたいでさー……聞いてる?」

―……はあ? あたしぃ、ちゃあんとしまったよせきじん。いわれたとおりにぃ、きゅーせっきのふくろにいれましたあ…………

 Tシャツ氏のスマホから、間延びした女性の声が流れてきた。『どうしたの?』とか、『ニイナ飲み過ぎ~』等別の声も入っている。あちらも酒で盛り上がっているらしい。

―ねーもーほんとさあ、なんでデザートこないのお? ちょっともっかいおみせのひとにたのんでよあたしのピーチメルバぁ……

「知らんわピーチメルバなんか。切るよ?」

―まってまってじゃあジェラートでもい


 Tシャツ氏は容赦無く通話を切った。「だそうでーす」


 部屋にぽかんとした空気が流れる。「酔っ払いの戯れ言じゃねえか」と先生が呟いた。

「ん、先生ちょっと」そう言って現場用のパソコンを見せたのは、もう一人の院生の古館さんだった。「念のため台帳チェックしたんですけど、ここ」


 古館さんが開いていたのは、遺跡内の図面や、遺構、遺物の台帳を記録できる専用のソフトだった。その中の建物跡の備考欄を示す。


・南西にカマド張り出す

・年代は旧石器か


「……はあ? なんだ旧石器って。ありゃおめえ、平安時代の遺構だぞ?」先生はますます混乱している。「どうなってんだ。みんなしてふざけてんのか?」

「いや、それは違うんじゃないですか」対して俺は、自分が冷静になるのを感じていた。一つ思いついたことがある。旧石器時代、平安時代。……恐らくそういうことなのだろう。

「多分分かりましたよ。何があったのか」


 そこまで大声ではなかったが、周囲の視線が一気に俺に集中した。

「上尾、なんか分かったんか?」


 さっき分かったと言ったので、特に答えずに話を進める。「先生、ハンロンの剃刀ってご存じですか?」

「はんろん? オッカムじゃないんか」

「それの派生ですね。ええと、誤りや失敗で説明が付くことを、悪意によるものと解釈するな、みたいな意味です。今回のことは全部、手違いで説明できます」

「へえ、面白いじゃん。どんなふうに?」瀬戸が新しい缶チューハイを用意して江橋の隣に座り直した。

「台帳の『旧石器』の文字を見て気付いた。誰がやったかは知らないですけど、あれ、ただのタイプミスですよね?」


 院生や向こうのゼミ生の誰かかと思いそちらを向くと、頷いたのは富山さんだった。

「僕だね。今まで気付いてなかったんだ。ごめん」

「いえ、謝らなくて大丈夫なんで」自分のミスが分かれば事態の全貌に気付いているはずだが、説明は俺に譲ってくれるらしい。俺は先生に質問する。

「東谷先生、あの遺構の年代なんですけど、平安時代の大体いつ頃か特定できてるんでしたっけ」

「ああ、石神の平安集落は短期間で消滅してる。須恵器や土師器から見て大体千二百年前、平安前期だな」

「千二百年前」俺は後ろの杉松に聞く。「千二百年前っていつだっけ?」

「は? いやだから、平安時代前期だろ」

「数字に直せばどうなる?」

「え…………今が大体二千年代だから、千二百年引いたら、西暦八百年代じゃないの。要するに九世紀…………あ」


 やはり午前中先生が遺跡でしていた説明は聞いておくべきだったなと思う。藤山氏はそこでこの言葉を聞き、覚えていたのだろう。

「藤山さんは『旧石器』を『九世紀』と聞き間違えたんですよ。あと富山さんは、『九世紀』を『旧石器』と打ち間違えた」

 室内の反応は、文字通り半信半疑といったところだった。合点がいっている人たちと、本当にそれで説明が付くのかと首をひねる人たちに分かれている。

「藤山さんが石刃を出したのは今日の作業の終盤だった。測量と回収は全体の片付けと並行で慌ただしかったから、そういうミスが起きても不思議じゃない。攪乱で新しい時代の土層に浮いてましたし、九世紀の他の遺物と同梱するのだと誤解したのかも知れません。さっきの電話口でも酔っ払って呂律が怪しかったですし、本当はあの時も『九世紀』の袋に入れたと言ってたのかも」

「そうかもしれないけど、根拠が薄くない? 何も断定できてないし」疑義を唱えたのは江橋だった。それは確かにその通りだ。

「でも、富山さんの方は納得いくだろ?」

「……まあ、そうだね。キーの配列でしょ?」


 俺と、ついでに富山さんも頷く。その通りだ。九世紀(kyuuseiki)と旧石器(kyuusekki)はiとkの一文字違いで、この二文字はQwerty配列のキーボードでは上下に隣り合っている。そういうタイプミスがあったと考えるのは妥当だろう。そこから藤山氏の聞き間違い仮説も思いついたのだが。

「ま、明日本人に確認すれば分かりますよ」

「そうだな」先生も俺に同調してくれた。「藤山が二日酔いで欠席でもしなければな。お前らも飲み過ぎんなよ?」


 内容とは裏腹に、飲みに戻ろうというニュアンスを含んだ言葉で場の空気が変わった。広げられた遺物が片付けられ、俺たちの話題は、学会の昔話や音楽の趣味に移っていく。


 翌日、けろっとした顔でやってきた藤山氏は、宴会にいた面々の質問攻めに遭った。彼女は大筋で俺の推測通りだと認めたが、「旧石器と九世紀は聞き分けが難しい。作業中は言い換えるべき」と反論を展開。一理あるのですんなり要求は通った。


 とは言え、こんな話は調査そのものに比べれば枝葉末節に過ぎず、発掘は着々と進む。派手な大発見はそうそう無いが、遺構や遺物は一つ一つ確かに記録され、いずれ学生や研究者が論文の材料にするだろう。


 ただ、そういう先の話を抜きにしても、皆で目の前の現場に取り組むことが楽しいのは事実なのだ。

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