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【連載】「あの日」を訪ねて ①震災遺構 荒浜小学校


 東日本大震災で児童や教職員、住民ら320人が避難した仙台市立荒浜小学校。2階まで津波が押し寄せ、校舎も甚大な被害を受けた。2016年3月に閉校、翌年4月からは震災遺構として一般公開されている。


 校舎は、1階と2階、4階、そして屋上が公開されている。1階は震災当時、天井まで浸水し、廊下には3台の車が津波によって押し込まれた。現在、瓦礫は撤去されているものの、教室の天井から外れかかっている電灯やめくれ上がった床が、津波の威力の凄まじさを物語る。


 2階の廊下の壁にある津波到達ラインは、津波が2階まで押し寄せたことを示す。震災当時、職員室にあったキャビネットの側面にもさびが発生しており、床から40センチメートルほどの高さまで津波が到達していたことがはっきりとわかる。また、東側の窓の外には津波と瓦礫により倒壊した壁と鉄柵が残っている。その奥に広がる穏やかな海が、頑丈なコンクリートや鉄をもなぎ倒す勢いで迫ってきたのだ。にわかには想像しがたいことだが、現実だったと実感させられる。


 4階は地震の発生から避難、津波の襲来、そして救助までの経過を伝える展示が行われている。音楽室では、「3・11 荒浜小学校の27時間」が上映されている。地震発生から避難者が全員救出されるまでの27時間の様子を、約17分間の映像にまとめたものだ。当時の校長などへのインタビューや消防ヘリから撮影された映像が収録されている。同室入口近くには、校舎西側にあった体育館の時計が展示されている。時間は津波が到達した15時55分を指したままだ。

同階のまつかぜ学級教室には、避難当時の様子がわかる展示がある。町内会の班ごとに安否確認を行った跡が残された黒板や、寒さや空腹をしのぐために分け合った毛布や非常食などだ。救助までの緊迫した空気の中に、住民同士の連携や思いやりの気持ちを感じ取れる。



 隣の6年1組の教室には、震災前の荒浜の街並みを再現した模型が展示されている。窓から見える景色と模型の向きを合わせており、震災前と今の姿を比較できる。屋上で荒浜地区全体を見渡しながらの比較も可能だ。



 惨禍を繰り返さないため、震災遺構として津波の脅威や教訓を伝える荒浜小学校。訪れた人々に、「災害に備えるために今何ができるか」を問いかける。


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