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【特集・戦争と大學 第1回】出陣間近 学問と出征の狭間で

 「戦争」。近年のロシアによるウクライナ侵攻や中東の武力衝突を見るにつれ、その悲惨さを肌に感じる一方で、戦争の内実を知らなければ「平和」について真面目に考えることなどできないのだと思い知る。それゆえに実感する、あまりにも「戦争」を知らないことを。116周年を迎える本学にもその影があった。約80年前の太平洋戦争末期、東北帝大生はどのようにその時代を生きたのだろうか。当時の「戦争」と大学の姿を3回にわたり見つめる。
(杉山鷹志・小平柊一朗)


◇      ◇      ◇


 80年前、太平洋戦争のさなか、それまで徴兵を猶予されていた東北帝大(現東北大)=解説=の学生は、戦場に赴くこととなる。「学徒出陣」=解説=。そのとき、東北帝大生はどのような心境だったのだろう。本学史料館に残された史料から探る。



44年に課された「経済史」のレポート。
当時の学生の心境が
紙面いっぱいにつづられている。



 入営まで100日もない学生がつづった文章が史料館に所蔵されている。1944年7月、東北帝大法文学部経済科の講義「経済史」で課されたリポート。講義を担当した中村吉次元経済学部教授の文書中に含まれていた。史料館の加藤諭准教授は「検閲を経ているならば、勇ましいことや建前のことを書いたりするかもしれないが、大学のリポートゆえに学生の心情が見えてくるのでは」と話す。



 我々は学問を愛す。真理の探究に限りない愛着の絆を感ずる。しかしこの秋、すべてを打ち忘れひたすらに生産力増強の一助にも一途に進んで行こう。
 … ペンをとってもハンマーをとっても等しく天皇に帰一し仕えまつるという自覚こそ現在の我々に最も尊い理念であり又国民道徳の根底だと信ずる。
―矢田健人(法科・2)


 
 学問への思いを語りながらも雄々しい文章を書いて戦地に行く自分を鼓舞する姿が映る。一方で学問と出征のはざまで揺れ動くような学生も見られる。



 日数が迫って来るのが感ぜられ、遅かったあまりにも遅かったと後悔の念が起こってきた。… 今になってようやく勉強が面白くなり、疑問を持つようになるとは。並べた本を眺めながら毎日焦燥を感ずることが多くなった。
 … 優秀な人々が一生考え抜いてなお解決のつかないのが学問ではないか。 … 本当に勉強するつもりなら、ゆっくり根気よく、木が延びて行くように自分が育っていくのを待たねばならない。勉強する気持ちさえ失わなければ途中で軍隊に行っても、帰って来てからやれば十分だ。
―池田重隆(経済科・1)


 
 池田は入営が近づいた今になってかえって落ち着いて勉強ができるとも書いている。東京帝大に落ちた後、「勉強はどこだってできる。猛勉して東大の連中を抜いてやる」と意気込んでいた池田。だが、講義や教練は勤勉に出ていたもののただノートを取るばかりで、書籍も並べはしたものの本当に読んだのはほんの一部だったと振り返る。そんな池田だったが、講義の試験が終わる頃になりようやく勉強が面白くなり始めたとして、「過去10カ月の間は決して勉強してきたとはいえない。むしろ僕は一切がこれからはじまるのだというような気持ちがする」とリポートの後半で心情を吐露している。入営が近づいている中であっても学問に魅せられていった姿が見て取れる。


 一方で、自分の死を客観的に見ることによって気持ちを落ち着かせていたり達観したりしているような学生も見られた。



 入学して撮った写真は皆学校に出してしまったので、また焼き増しして父の整理タンスに入れてある。自分が戦死してその写真が大きな額縁に入れられているのを、ふっと思い浮かべることがある。
―大谷敏男(経済科・1)



出陣学徒壮行式の様子。
講堂前広場に全学生約2千人を集めて
行われた。総長の壮行の辞に続いて
学生代表(法文学部)が答辞を
読み上げている=43年10月8日、
片平地区(本学史料館提供)

 
 大学にいるにもかかわらず自身の写真を家族に残そうとする思いや、自分が戦死したときには家族がその遺影を見ているのかと思い浮かべたりする感覚は、「大学生」の姿とは程遠く感じられる。翻って彼のリポートは次の文によって締められる。


 2年前の今ごろは、ちょうどインターハイの頃で、日の暮れるまで球を打ち球を追った練習の成果を試すべく懸命の時である。結局準決勝で広島に敗れた。今年の余はこうして忙しいような、退屈なような日を過しつつ、入隊の日を待っている。そして来年の今ごろは与えられた位置で第一線に立っていることであろう。
 毎年日記をつけておけばよかったと、今更ながら思っている。


 垣間見えた大学生の日常の風景は、わずか数行で出陣へつながってゆく。


◇      ◇      ◇


 日本の勝利を確信しながら戦地に赴く自らを奮い立たせるような文章を書く者から、戦時中の文学の荒廃を嘆く者、将校になることに新たな希望を見いだして学窓から飛び出ようとする者もいれば、学生である以前に国を背負う若者としてふさわしくありたいと考え、学問の一点には集中できないと語る者まで、リポートに映し出される戦争や出陣に向き合う姿は皆異なる。加藤准教授は「向き合い方は人それぞれだが、彼らには出征していくことがどこか頭にあり、それを大学の授業の中のリポートで気持ちとともに整理していくところが、この時期の大学生における象徴的な資料だと思う」と語る。戦時中の東北帝大生が遺していった言葉に、戦局が悪化をたどる中で自らが出陣していくことの意味を考えようとする姿が重なる。



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